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大学入試問題(小論文) [総論]

九州大学 前期日程 共創学部 小論文 設問2

内容:文化財返還問題の論点整理および解決策の提案

「連合王国の首都ロンドンに所在する大英博物館や、アメリカ合衆国のニューヨークに所在するメトロポリタン美術館など世界の主要博物館の多くには、植民地主義の時代に、植民地に所在する遺跡や、植民地、また国内に住まう先住民コミュニティから様々な形で持ち去られたり持ち帰られたり、またそれらが植民地宗主国の間で譲渡取引されたりした様々な品々や記念物が収蔵されている。今日、これらの帰属を巡って様々な事象が問題化し、それらは「文化財返還問題」と総称される。この「文化財返還問題」に関する資料1~5、表、地図を参照し、以下の問いに答えなさい。」

問1 [70点] 「文化財返還問題」の解決に向けての議論における論点、対立点や問題点をできる限り見つけ出し、与えられた資料、地図、表の内容の理解と分析に基づき自らの言葉で整理しなさい。

問2 [80点] 問1で整理した「文化財返還問題」の解決に向けての論点、対立点や問題点について個々に吟味し、その結果に基づき「文化財返還問題」解決の方策をまとめ、提案しなさい。(提案は複数であっても構わない。)

資料1:五十嵐彰(2019)『文化財返還問題を考える:負の遺産を清算するために(岩波ブックレットNo.1011)』東京、岩波書店。
資料2:岡内三眞 n.d. 略奪文化財は誰のものか
資料3:『普遍的博物館の重要性と価値に関する宣言』
2002 'Declaration on the Importance and Value of Universal Museums':出題者翻訳(公式和訳が存在しないため)
資料4:Article 12, United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples
翻訳 先住民族の権利に関する国際連合宣言 第12条
資料5:(Merryman, J.H. n.d. 'WHETHER THE ELGIN MARBLES?' より抽出、出題者翻訳)
(以上の引用文は省略)

表1:『普遍的博物館の重要性と価値に関する宣言』参加博物館・美術館と開館年
地図1:『普遍的博物館の重要性と価値に関する宣言』参加博物館・美術館の分布(世界地図)

設問と解答例が、河合塾(9/12から)および代々木ゼミナールのウェブ上で公開されている。

「これに対して、必ずしも文化財を原所有国に返還する必要はないとする立場がある。そもそも、ある場所で作られたからといって所有権がその場所にあるとは限らないし、過去の芸術家が作ったものは、現在その芸術家の文化的な子孫が住んでいる地域に戻されるべきだという考え方もできる(資料5)。」(代々木ゼミナール:設問2 問1)

これって、文章が矛盾していないだろうか?
リード文では返還反対派の立場を表明していながら、第1文の「そもそも…」はともかく、第2文では現地に戻すべきだという返還賛成派の意見になっている。
「資料5」で示されている文章に即して記すなら、「…戻されるべきなのか」という疑問形にするか、あるいは第1文に合わせて「…戻されるべきとは限らない」とでもしないと意味が通らないのではないか、代々木ゼミナール!

また「そもそも…」で始まる第1文にしても、外国の調査隊が発掘した出土品は現地政府(調査地周辺の住民)の合意が得られなければ調査地が所在する国から持ち出すことができないという現状をどのように説明するのだろうか。1970年ユネスコ条約などを参考資料として提示する必要があるのではないだろうか。

「また、「不当に持ち去った」という点に関しても、古い時代の品々の移動を現在の感性や価値観で考えるべきではないという意見もある(資料3)し、…」(代々木ゼミナール:設問2 問1)

これについては、「資料3」自体を検討しなければならない。
確かに「資料3」では「私たちは、博物館創立期またはそれ以前という古い時代に収蔵品となった品々については、その時代を反映した異なる感性や価値観に照らしてその存在を評価しなければならないことを認識すべきです」(資料3)とある。一方で同じ「資料3」では「美術館は、文化の発展のためのエージェントであり、その使命は、それらの収蔵管理する品々や記念物の継続的な再解釈のプロセスを通じて知識を育むことです」(資料3)とも記されている。
博物館・美術館の収蔵品は、現代の感性や価値観から評価せずに入手した時代の感性や価値観から評価しなくてはならないのか、それとも入手した時代の感性や価値観から継続している再解釈のプロセスを通じて現代の感性や価値観から評価すべきなのか、いったいどっちなのだろう?
入手した経緯についてだけ当時の感性や価値観から評価して、作品自体については再解釈のプロセスを通じて知識を育む、そんなご都合主義がまかり通っていいのだろうか。

「資料5」で用いられている「文化的ナショナリズム」という言葉も解答例で散見される(河合塾:設問2・解答例1・問1、設問2・解答例2・問1、代々木ゼミナール:設問2・問1)。

「文化的ナショナリズム」が出てくる「資料5」を確認してみよう。

「エルギン・マーブルは1821年にイギリスに渡り、それから今日までの年月の中で、イギリスの文化遺産の一部となりました。イギリスの文化に溶け込んでいるのです。エルギン・マーブルはイギリス人自身が何者であるかを定義し、イギリスの芸術を刺激し、イギリス人にアイデンティティとコミュニティを与え、イギリスの生活を文化的かつ豊かなものとし、イギリスの学術を刺激するのに役立っているのです。」(資料5)

こうした指摘こそが私には「文化的ナショナリズム」のように思われるし、「理性的な主張というよりは感情的主張に近いと感じる」(資料5)。

「文化遺産はアイデンティティや、文化的豊かさの醸成に資する。それゆえ、文化財を奪われた原所有者は文化的に貧しくなり、現所蔵国は文化的に豊かになる。この観点からすれば、返還請求する原保有者の主張に説得力がある。しかし、大英博物館は偽装や虚偽表示による出自の収奪はせず、むしろギリシャの偉業に対する世界的賞賛と尊敬の念をもたらし、イギリスも豊かにしたという意味において、現所蔵者の言い分にも一理ある。」(河合塾:設問2 解答例1 問1)

私は植民地宗主国の力を背景にした収奪文化財を所蔵し続けることは、決して「文化的に豊かになる」とは考えない。むしろ「倫理的(エシカル)に貧しくなる」と考える。そしてそのことが延いては「文化的に貧しくなる」ことになるのではないかと考えている。

「資料3」では、このように述べられている。

「今日、私たちは品々や記念物がもともと作られ、存在していた場所と時間の重要性というテーマに特に敏感ですが、博物館もまた、はるか昔にそれらがもともと存在していた時空間(コンテクスト)から離れてしまった品々や記念物に有効で貴重な存在の時空間を提供しているという事実を見失ってはなりません。」(資料3)

かつて力の強い者が力にものを言わせて奪ってきた「強奪」の正当性を強弁しているようにしか思えない。

「資料2より、現在のアクロポリスの環境ではエルギン・マーブル彫刻群を「あるべき<場>へ」(資料1)とは言い難いことがわかる。」(河合塾:設問2 解答例2 問1)

そもそも「資料2」は「n.d.」(発行年不明)とされている文章である。冒頭で2010年4月に開催された「文化財の保護・返還」国際会議について述べているから、それ以降に記されたものであろう。

「たとえばギリシアのアクロポリスでは、大気汚染のためパルテノン神殿にエルギン・マーブル彫刻群を再展示するのは不可能で、保存活用の博物館建設は未着手です。」(資料2)

河合塾の解答例に影響を与えた文章であるが、「保存活用の博物館」すなわち「新アクロポリス博物館」は2003年に着工されて2009年に開館している。
受験生は試験会場でググれないので、誤りを確認できない。せめて出題者が事前にチェックすべきだろうし、このこと(2010年にアテネに「保存活用の博物館」が存在するか否か)については、当然ながら模範解答作成者にも確認が求められる作業だろう。
「n.d.」(発行年不明)とされるような資料をどうしても「参考とすべき資料」として受験生に提供しなければならないのなら、せめて出題時に確認できる最新情報を補足説明として加えるべきではないだろうか。

問2で求められた「解決策」としては、「現所蔵国の博物館は原所有国に「レンタル料」を支払う」(河合塾:設問2・解答例2・問2)、「所有権は原所有国にあるという返還原則の確認、現在の場所にたどり着いた歴史的背景の個別検証」(代々木ゼミナール:設問2・問2)などが適切な指針を示しているだろう。

「原所有国と現所蔵国が文化財の保存・継承に協力することで友好関係を築いていけば、「負の遺産」は「正の遺産」になると考える。」(代々木ゼミナール:設問2・問2)




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総務クッキー

解答例:あくまで解答例
当該学部のAPとの整合性:如何
https://kyoso.kyushu-u.ac.jp/pages/about/policy
「③主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度:多様性を尊重する態度、異なる考えに共感する寛容性。(後略)」

(参考) 宗主国への吸い上げ以外の例
https://indianmuseumkolkata.org/collection/ODA%3D
by 総務クッキー (2022-05-28 14:57) 

五十嵐彰

河合塾 国公立大 二次試験 解答速報 九州大学 前期 小論文 分析 総括 試験の概観
「設問2では、文化財返還問題について国家、民族、文化、歴史などの面から争点を整理し、解決の方策を提案することが要求された。いずれもグローバル/ローカルを関連付けるグローカルな視点が要求される課題であった。」
入試改革を踏まえた出題
「学部設立の理念と入試改革の方向性は一致している。情報の客観的読解に基づき、情報の取り出し・問題の発見・問題解決の力を要求する問題である。」
by 五十嵐彰 (2022-05-28 21:16) 

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