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博物館倫理 [総論]

財団法人 日本博物館協会 2011『博物館倫理規定に関する調査研究報告書』平成22年度 文部科学省委託事業 生涯学習施策に関する調査研究

「博物館を巡る状況の変化に適切に対応しつつ、博物館がその本来の目的や機能を果たし、公益性を確保していくためには、改めて、博物館の運営や活動の主な担い手である学芸員をはじめとする博物館関係者がその職務を遂行していく上で、拠り所として共有できる行動の指針が求められている。ICOM(国際博物館会議)や欧米諸国では、その重要性が認識され、既に博物館に関する倫理規定の制定という姿で先行している。
しかしながら、我が国では一部の博物館や博物館関係団体を除いて博物館に共通する指針としての倫理規定は未だ策定されていない。倫理規定に関する博物館関係者の理解や意識も十分でない状況である。」(「はじめに」:i.)

ということで、ICOM倫理規定に準拠する形で、日本の博物館の行動規範が提案されている。
2012年7月にはこの報告書に従って『博物館の原則 博物館関係者の行動規範』が制定された。
文化財返還に関わる箇所を見てみよう。

行動規範2.尊重
博物館に携わる者は、資料の多面的な価値を尊重し、敬意をもって扱い、資料にかかわる人々の多様な価値観と権利に配慮して活動する。(12.)

これでは、曖昧過ぎて何のことやら良く分からないが、参照されているICOM倫理規定(2004)を見てみよう。

基本原則6. 所蔵品が由来する、もしくは博物館が奉仕する地域社会との密接な協力のもとに行う博物館の業務

6.2 文化財の返還
博物館は、文化財をその原産国またはその国民に返還するための話し合いを開始する態勢を整えているべきである。このことは、科学的、専門的または人道的な原則と、適用される地方・国の法、および国際法に基づき、政府もしくは政治レベルの行動に優先して、公平に行われるべきである。

6.3 文化財の復帰
原産国もしくはその国民が、国際および国の協定の原則に違反して輸出あるいは譲渡され、かつ、それが当該国または国民の文化または自然遺産の一部であることを示すことができるような資料または標本の復帰を求めるときは、関係博物館は、法的にそうすることが自由にできるならば、その返還に協力するため速やかかつ責任ある手段を講じるべきである。

6.4 占領された国からの文化財
博物館は、占領された地域からの文化財を購入もしくは取得することを差し控えるべきであり、文化および自然資料の輸入、輸出および譲渡を規定するあらゆる法律と協定を完全に守るべきである。

日本の博物館行動規範では、こうした国際的な倫理規定が見事に欠落している。
博物館組織が所蔵する文化財の返還については、別箇所において「アンケートでは、資料の返還要求に関する懸念がいくつか指摘されているが、博物館単独では対応しきれない場合もあることに留意することも必要である。」(20.)とまるで他人事のように触れられるのみである。

行動規範5.収集・保存
博物館に携わる者は、資料を過去から現在、未来へ橋渡しをすることを社会から託された責務と自覚し、収集・保存に取組む。博物館の定める方針や計画に従い、正当な手続きによって、体系的にコレクションを形成する。
【解説】
正当な手続き
資料の収集に当たっては、法令を遵守することは当然である。また、博物館への所有権の移転等の手続きを確実に行う必要がある。資料の受入決定に際しては、使命や収集方針と合致しているか確認しつつ、その真贋や価値を適切に評価してこれに当たる。資料を購入する場合は、特に国公立の館では購入金額の妥当性を確認するために、専門家からなる諮問機関を設置することが推奨される。」(19.)

参照されているICOM倫理規定を見てみよう。

基本原則2. コレクションを負託を受けて有する博物館は、社会の利益と発展のためにそれらを保管するものである。

2.3 資料の由来と正当な注意義務
購入、寄贈、貸与、遺贈もしくは交換の申し入れがあった資料もしくは標本は、すべて取得の前に、その原産国もしくは適法に所有されていた中継国(博物館の自国も含む)から違法に取得もしくは輸入されたものでないことを確認するためにあらゆる努力を払うべきである。これに関して、正当な注意義務を払ってその物件の発見もしくは制作以来の由来を明らかにするべきである。

2.4 無認可のもしくは非科学的なフィールドワークに由来する資料と標本
博物館は、それが取得された際に記念物、考古学的あるいは地学的「要地」(原文はsiteすなわち「遺跡」)もしくは種および自然生息地に対する無認可の、または非科学的な、もしくは意図的な破壊または損傷が伴っていたと確信するに足る合理的な要因がある場合は、かかる資料を取得してはならない。同様に、発見されたものが土地の所有者もしくは占有者、または、適当な法的もしくは行政上の責任機関に通知されていない場合、その取得は行われてはならない。

2.5 文化的に慎重さを要する資料
遺骸および神聖な意義を持つ資料は、安全に所蔵されかつ敬意のこもった保管が可能な場合のみ取得されるべきである。これは専門職業上の基準に則り、かつ知られている場合にはそれらのものの由来する地域社会あるいは、民族的もしくは宗教的団体の構成員の利益と信仰に矛盾しない方法で達成されなければならない。

こうした世界的な行動・実践の最低基準(グローバル・スタンダード)を踏まえる限り、アイヌ民族に対する北海道大学、朝鮮民族に対する東京大学、琉球民族に対する京都大学の対応が倫理規定に抵触していることは、誰の目にも明らかであろう。

2008年の博物館法改正によって、全ての博物館組織が博物館運営に関する評価の努力義務規定が設けられた(日本博物館協会 2009『平成20年度 博物館評価制度等の構築に関する調査研究報告書』)。
国会の付帯決議においても評価の透明性・客観性を確保する観点から外部視点の導入が求められている。こうした経緯から文部科学省の委嘱事業として日本博物館協会に対して「博物館評価制度等の構築に関する調査研究」を委託した。
北海道大学や東京大学あるいは京都大学博物館に対して、所蔵資料取得に際して倫理的な側面において問題がなかったか、入手経緯の正当性を今でも主張できるのか、外部からの適切な評価がなされる必要がある。

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五十嵐彰

2022年4月21日京都地裁(増森珠美裁判長)原告の請求を棄却
「学術資料的・文化財的価値のある遺骨の散逸などを防止する目的も不当とはいえず、不法行為は成立しない。」
2022年4月22日毎日新聞解説
「植民点主義政策の下で集められた遺骨は地域に返すのが世界の流れで、地元の同意なく研究にも使えない。法律以前に研究倫理の問題で、持ち続けるのは京大の国際的評価にとっても良いことではない。」(加藤博文教授 北大:先住民考古学)
by 五十嵐彰 (2022-05-27 13:41) 

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