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寺田1979「アンデス調査と発掘品返還のこと」 [論文時評]

寺田 和夫 1979「アンデス調査と発掘品返還のこと -東大資料館収蔵資料(9)-」『UP』第76号、東京大学出版会:1-7.

「核アメリカ調査団の活動開始を記念して、私としては、従来の調査団の仕事に、ある種のけりをつけたかった。それは、今まで怠っていた遺物の返還である。ペルー側から正式の要求はなかったのだが、以前から現地の学者たちから「自発的に返還する、という外国の調査団のみせたことのない善意の行動」をやってみるようにすすめられていた。あれほどの苦労をして発掘した資料でもあり、その中にはたいへんな時間をかけて復原した土器も多い十トンに余る発掘資料は、梱包と運送にも大金を要するし、返還したとしても、ペルー側には宝の持腐れのようなものも多い。そこで、コトシュの完形土器、精選した土器サンプルなどの文化遺物を国立博物館に納めることで、一切の返還はすんだという形にしてもらう了解をとり、調査団の器材といっしょに船に積んだ。」(6.)

表題の「発掘品返還」の語に誘われて手にしたのだが、細部で引っ掛かることはあったにしても当たり前のことしか書かれてなかった。

例えば「現地の学者たちからやってみるようにすすめられていた」結果として返還されたのならば、正確な意味で「自発的な返還」とは言えないのではないか?
そもそも自発的も何も、本来現地で保管すべき遺物を許可を得て持ち出しているのだから、返還するのは当たり前ではないか!
それともこの時点(1979年)においてもなお自分たちが調査した資料は、日本に持ち帰るのが当たり前と考えていたということなのだろうか?
あるいは「あれほどの苦労をして発掘した」とか「たいへんな時間をかけて復原した」とかは、こちらの事情であり、そもそも「十トンに余る発掘資料」を「梱包と運送にも大金を要」して日本に運び込んだのは、何のためだったのか?
持って来る時の手間暇には文句は言わないが、返す時には思わず愚痴が出る。

「宝の持腐れ」という言葉にも植民地的無意識(コロニアリズム)が垣間見える。
彼ら/彼女らが持っていれば「腐らせてしまう」が、自分たちが持っていれば「腐らさずにすむ」。
そもそもこれらは彼ら/彼女たちの「宝」なのではないのか。

彼ら/彼女らのために喜んで返すというより、「完形土器や精選した土器サンプルなど」を仕方なく返して、これでけりをつけてしまいたいという思いが滲み出ている。
素直といえば素直である。

外国の発掘調査隊が調査して出土した遺物類は、現地の人たちが同意しなければ国外に持ち出せない。
現地の人たちの同意が得られて持ち出すことができた資料についても、整理作業が終わり考古誌(発掘報告書)が刊行され次第、現地に返還しなければならない。
当初の約束の期間を超えて借用する必要がある場合には、改めて契約を取り交わさなければならない。

どれも当たり前のことばかりである。
しかしこの当たり前のことがなされていない事例も多いのではないか。

王盱墓(朝鮮):1925年調査、東京大学文学部考古学列品室所蔵
牧羊城(中国):1928年調査、一部返還、詳細不明、東京大学総合研究博物館所蔵
東京城(中国):1933・34年調査、一部返還、57箱は東京大学へ、東京大学総合研究博物館所蔵
アンデス(ペルー):1958・60・63・66・69年調査、「十トンに余る発掘資料」のうち「みばえのする遺物はほとんどペルー政府に返還」(1.)、残り「4万点」は「現地政府の許可を得て…保管・管理している」、東京大学総合研究博物館所蔵

発掘当時の許認可を得た組織、例えば朝鮮総督府あるいは満洲国が現在存在しないから、返還するには及ばないといった理屈が通らないことは明白である。
存在しないのだから、なおさら返還しなければならないのではないのか?

本来、持ち出せない<もの>を、なぜ持ち出すことができたのか?
本来、返還すべき<もの>を、なぜいまだに返還していないのか?
所蔵組織の歴史認識、脱植民地化の度合い、倫理観が問われている。

最後に、著者と同学同級の研究者による紹介文を紹介しておこう。
「寺田和夫とつきあう者は、しばしばその皮肉・毒舌に閉口する。多くの人はそれに苦笑しながら興じるが、一部のものはそれを毛ぎらいし、また敵意さえもつ。そのことは、その皮肉毒舌がいかに効果的であるかを示している。私の言いたいことは、彼の天分は、ものの本質を巧みに見ぬき、それを端的に表現する能力にあるのだということである。そのあらわれの一面が皮肉毒舌であり、他の面がすぐれた語学力なのである。」(香原 志勢1981「解説」寺田 和夫『日本の人類学』角川文庫4682:293.)

「ものの本質」とは、いったい何なのだろうか?



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