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長井2021「実験考古学の展望と指針」 [論文時評]

長井 謙治 2021「実験考古学の展望と指針」『愛知学院大学 文学部紀要』第50号:19-40.

「「第2……」とは筆者のアイデアによるものではない。五十嵐彰が「第2考古学」として現代と考古学の関係態を分析している(2nd-archaeology.blog.ss-blog.jp)。ここでは、「次なる」という意味において、五十嵐のプライオリティを尊重しつつ、実験考古学にも用いた。ちなみに、第2実験考古学が生れてきた思想的背景には、第2考古学としての学問的思考という歴史が関係していると考えたことが、この用語を援用した理由である。」(36.)

本ブログまで言及して頂き、有り難いことである。

今から20年ほど前に、「実験考古学」という名のもとに余りにも雑多な営みが無秩序に一括してなされている現状を憂えて、ミドルレンジ研究の視点から「行動と痕跡との相関性を検証する試み、すなわち痕跡を行動に書き換えるための方法論として考古学的な実験研究」を「実験痕跡研究」と名付けて整理したことがあった(五十嵐2001「実験痕跡研究の枠組み」『考古学研究』第47巻 第4号)。
そこでは、痕跡に留意する実験痕跡研究に対して、痕跡には拘らない試みを「体験考古学」として区別した。こうした認識が20年の歳月を経て、前者が「科学としての第1実験考古学」、後者が「身体性と社会性を重視した第2実験考古学」として再措定され、特に後者の重要性が指摘された訳である。

ある営み(学問などを含む)を説明するに際して、それぞれの構成要素を取りだして、相互の関係性を図示する試みは「概念図」などとして知られているが、作者がその営みをどのように考えているかを端的に示すものである。自分が眺めている世界をどのように認識しているか、大げさに言えば「世界観の表出」である。
「実験考古学」と称されている領野においても、そうしたものが幾つか示されているので、それらの変遷をたどることで、私たちの認識の在り様を考えてみたい。

*宮路 淳子1999「実験考古学の理念と実践 -バッツアー鉄器時代実験農場を例として-」『動物考古学』第12号
発掘データ(Prime data)から(1つめの)仮説(hypotesis)が生まれ、様々な実験(experiment)を繰り返し、実験データ(experimental data)を実際の発掘データと比較(Comparison)し、2つめの仮設(2nd Hypothesis)を得て、更に実験を繰り返すという循環構造が描かれている(図5 実験考古学の方法論:64.)。Reynolds,P.J. 1994 Experimental Archaeology a Perspective for the Future.などを参照して作成されたと思われるが、原典を確認することが出来なかった。

*五十嵐 彰2003「座散乱木8層上面石器群が問いかけるもの」『旧石器文化と石器使用痕』石器使用痕研究会
行動(動態)と痕跡(静態)という因果関係を縦軸に、考古資料(過去)と実験試料(現在)という時間性を横軸に位置づけて、実験行動①によって実験痕跡②を明らかにするプロセスA、逆に実験痕跡②から実験行動①を推定するプロセスB(ブラインドテスト)、実験痕跡②と考古痕跡③を比較・同定するプロセスC、考古痕跡③からプロセスBに基づいて考古行動④を推定するプロセスDという相互関係を示した(図2 実験痕跡研究の構図:29.)。

*鈴木 美保2004「研究史にみる石器製作実験 -理論・方法、今後の展望-」『石器づくりの実験考古学』学生社
実験行動(動作)から痕跡(実験資料)へという推移と過去の行動(動作)から痕跡(考古資料)へという推移において痕跡の近似性から行動の解釈が導かれるという図式が示されている(図1 実験結果から過去の行動を類推する過程:16.)。構図自体は五十嵐2003とよく似ているが、異なる点は実験痕跡から実験行動を推論するブラインドテストが考慮されていない点である。

大場 正善2013「動作連鎖の概念に基づく技術学における石器製作実験 -意義と必要性とその方法について-」『日本列島における細石刃石器群の起源』八ケ岳旧石器研究グループ
考古資料の観察から製作技術にかんする仮説、製作実験による検証を経て実験資料と考古資料の対比がなされて、相違があれば考古資料に戻り、類似が見られれば考古資料の技術に関する解釈がなされる(図1 技術学分析の手順:78.)。同じような図が2015年にも掲載されている(大場2015「動作連鎖の概念に基づく技術学の方法 -考古学における科学的方法について-」『山形県埋蔵文化財センター 研究紀要』第7号、図9 技術学分析の手順:108.)。
「科学的方法」を自称する大場「技術学」で特徴的なのは、ブラインドテストに対する不信感である(大場2015「ブラインド・テストの必要性?」:112.)。

御堂島 正2016「石器実験痕跡研究の構想」『歴史と文化』小此木輝之先生古稀記念論文集
現在と過去という時間軸で大きく区分し、現在において人間行動から痕跡について因果的理解、痕跡から人間行動についてブラインドテストという相互関係が示されている。過去においては人間行動から痕跡への一方向のみが示されて、過去の痕跡から現在の改変された痕跡へと文化的・非文化的形成過程が示され、実験痕跡と改変痕跡との比較をもって人間行動の解釈がなされるという図式が示されている(図1 実験痕跡研究の考え方と方法:106.)。

本論(長井2021)では、現在と過去という時間性が縦軸に、動態と静態という因果性が横軸に設定されて、現在-動態が「観察された現代のプロセス」(五十嵐2003の① 実験行動)、現在-静態が「観察された現代の研究の対象」(同 ② 実験痕跡)、過去-静態が「観察された考古学的な研究の対象」(同 ③ 考古痕跡)、過去-動態が「推定された過去のプロセス」(同 ④ 考古行動)として示されている(図1 実験考古学における推論の方法:23.)。
Lin et al.2018 Experimental Design and Experimental Inference in Stone Artifact Archaeology. Fig.1 Gifford-Gonzalez's model of analogical reasoning in formal analogy.に基づくと明記されているが、現在(実験)と過去(考古)、動態(行動)と静態(痕跡)という2軸4象限の構図は、五十嵐2003で示した構図と同じである。

異なるのは、過去の行動のみを「推測された(Inferred)」とし、他の3つを「観察された(Observed)」とする1:3の区分認識および現在-動態と過去-動態を比較する点、そして現在-静態から現在ー動態へと向かうブラインドテストが考慮されていない点(Evans 2014に言及されているにも関わらず:35.)である。これは、Lin et al.2018が依拠したゴンザレス・モデル(Diane Gifford-Gonzalez 1991 Bones are not Enough: Analogues, Knowledge, and Interpretive Strategies in Zooarchaeology. Fig,1 A model of analogical reasoning in historical science. :222.)からそのまま引き継いだ構図である。

こうして相互に比較検討してみると、ビンフォード以来のミドルレンジを志向する研究は、現在-過去、動態-静態という架橋の構図を明確に意識していること(五十嵐2003、御堂島2016、本論)、その中でも静態(痕跡)から動態(行動)に至るプロセスとしてブラインドテストが不可欠とする場合には「実験痕跡研究」という名称を採用していること(五十嵐2001・2003、御堂島2016)が明らかになる。
ブラインドテストを軽視する「技術学」は、実験痕跡研究(本論の第1実験考古学)というより実は体験考古学(本論の第2実験考古学)なのではないかといった疑念が頭をよぎる。

「実験考古学とは、理論とデータの間を行き来する創造的な緊張のプロセスであるとともに(Jones 2002:37)、痕跡から現在と過去の動態をリレーショナルに類推し、考古学における方法論的前提の妥当性を点検し、考古学者に無知の排除を促し、教育者に便利な体験学習トゥールをもたらし、市民の古代への知的好奇心を喚起し、人々に稀有な生涯学習の機会をもたらす可能性を秘めた営み全般であると考えたい。」(35.)

20年前に「実験考古学」という旧来の名称に代えて痕跡学(トラセオロジー)を意識しつつ「実験痕跡研究」という名称を提案した(五十嵐2001)。本論における痕跡学は、「現代の痕跡と過去の痕跡との間にある形式的な類似性は類推に役立てることが可能」(24.)といった極めて限定的な意味で用いられているが、私の考える痕跡学は従来の考古学と同義というよりも更に広く物質文化研究と同義と言っても過言ではないと考えている。

本論が日本における「実験考古学」に関する基礎文献であることは間違いない。
彼我の懸隔を意識しつつ、今後の活躍を期待したい。

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橋本

馴染めない言葉が多いものの、これまでの取り組みが多く紹介され、今回のブログと合わせて興味深く読みました。
by 橋本 (2021-05-20 22:43) 

五十嵐

現在と過去という言葉は、馴染みがあると思います。動態と静態というのは、やや馴染みがないかも知れませんが、それぞれ行動と痕跡という言葉に置き換えることができます。つまるところ考古学というのは、過去の痕跡から過去の行動を明らかにする学問です。しかし何の手掛かりもなしにいきなり過去の痕跡から過去の行動を推測することはできないので、現在の行動と痕跡の相互関係を実験という手法で明らかにしようとするのが、「実験痕跡研究」です。
by 五十嵐 (2021-05-21 12:40) 

両角

考古学入門4年の学部生です。
初心者ですが理論や方法論に特に関心があり、読ませていただきました。
恐れ多いですが……私は、実験考古学の理論的な議論はミドルレンジ・セオリーから出発することがほとんどですが、例えば、観察の理論不可性やポパーの反証可能性など科学哲学の分野までさかのぼって理解をしたいです。科学哲学的な保障は恐らく多くの研究者の前提にあるはずですが、私は科学哲学と考古学理論(特にミドルレンジ研究としての実験痕跡研究の理論)とがいまいちかみ合わないでいます。機会があれば一筆よろしくお願い致します。
by 両角 (2021-05-21 16:21) 

五十嵐彰

過去の痕跡から過去の行動をいかに明らかにするのか、reasoningに関わる議論は、半世紀前のプロセス考古学における中心的な課題でした。もうすぐその中心人物であったビンフォードの初めての訳書が刊行されるようですから、それなどをお読みになると当時の議論の一端が理解できるかもしれません。哲学のない科学が存在し得ないように、哲学のない考古学も存在し得ないでしょう。しかしこと「日本考古学」においては、そうした理不尽さがまかり通っているようです。そうしたことの例証は、3年前の「考古学の思想」と題した月刊誌の特集(『現代思想』46-13)に対する「日本考古学」の反応に示されているようです。「そもそも」に遡って理解する、というのは、学問に携わる人の基本的な素養だと思います。<もの>を撫でまわすだけではない、根本の「考古学的な考え方」をしっかりと学ぼうとする志向性をこれからも大切にしてください。
by 五十嵐彰 (2021-05-21 19:58) 

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