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水ノ江2020『入門 埋蔵文化財と考古学』 [全方位書評]

水ノ江 和同 2020『入門 埋蔵文化財と考古学』同成社

「…どうも埋蔵文化財と遺跡は同義語であり、条文の内容や説明の仕方に応じて使い分けられていることがみえてきます。」(1-2.)

冒頭の説明であるが、同義語が条文の内容や説明の仕方に応じて、どのように使い分けられているのか、一向に見えてこないのは、読解力不足なのだろうか?

「埋蔵文化財の概念図」として和田2015『遺跡保護の制度と行政』から引用された図が示されているが、それによると地中の「遺跡=遺構の所在する範囲」がそのまま地表面に投影されて「埋蔵文化財包蔵地の範囲」とされているが、異なる時代の「遺跡=遺構の所在する範囲」が重複している場合にはその最大範囲が「埋蔵文化財包蔵地の範囲」とされるのだろうか?
すると包蔵地は複数の異なる遺跡で構成されているということなのだろうか?
冒頭からつまづく。

「遺跡は行政的には「埋蔵文化財包蔵地」と呼ばれ、2017(平成29)年3月現在、468,835遺跡が登録されています。」(23.)

「日本には現在約46万8,000ヵ所の周知の埋蔵文化財包蔵地があります。」(52.)

どうもここでは、「説明の仕方に応じて使い分けられている」ようには思えない。

例えば東京メトロ丸ノ内線は池袋と荻窪を結ぶ本線と中野坂上から分岐する分岐線で構成されているが、その分岐線の終点である方南町駅周辺は、善福寺池を源流とする善福寺川と井の頭池を源流とする神田川が合流するエリアにあたり、両河川に挟まれた半径400mほどが「埋蔵文化財包蔵地」に指定されている。ところがこの「包蔵地」はほぼ中央でジグザグに東西に区切られており、東側1/3は「向田遺跡」、西側2/3は「方南町南遺跡」と異なる<遺跡>名称が付されている。

何故だろうか?
答えは、東側は中野区・西側は杉並区と本来一つの「包蔵地」とすべきエリアの中央に市町村境が走っているから。
所謂「境遺跡」である。こうした事例は、数多いだろう。
では、どうしたらいいのだろうか?

「まずは、考古学的な「遺跡」(学問としての「遺跡」概念)と埋文行政的「遺跡」(行政システムとしての「遺跡」概念)を区別していく必要があろう。すなわち前者については考古学の研究対象としての「遺跡」という用語を、そして後者については埋蔵文化財行政の保護対象としての「埋蔵文化財包蔵地」という用語を当て、両者を明確に使い分けていくことである。すると、行政措置としてなされる「周知の埋蔵文化財包蔵地」としての「遺跡地図」・「遺跡台帳」という慣用名称も、「埋蔵文化財包蔵地分布図」・「埋蔵文化財包蔵地台帳」と言い換えることになる。」(五十嵐2004「近現代考古学認識論」『時空をこえた対話』:341.)

「考古学という学問においても埋蔵文化財という行政組織においても中心的な位置を占めている<遺跡>という名の操作概念、それは「埋蔵文化財包蔵地」という行政用語と微妙にクロスしながら、私たちの思考を拘束し続けている。<遺跡>が疑う余地のない確固とした実体であるという信念が、現在の考古学秩序を支えている。」(五十嵐2005「遺跡地図論」『史紋』第3号:104.)

「<遺跡>問題とは、何か? それは、<遺跡>とは何かという本質的な問題に目を向けることなく隠蔽している体質をいう。<遺跡>問題は、単独の主題で構成されているわけではない。先史的な<遺跡>イメージに基づく実体視が、「包蔵地」という区分単位を成立させ、それが埋蔵文化財制度の遂行に欠かせない要件となり、<遺跡>の発掘調査、その成果としての<遺跡>調査報告書(考古誌)あるいは<遺跡>地図・<遺跡>台帳などの行政資料の整備、さらにそれらが<遺跡>を実体視する私たちの考え方を補強していく。」(五十嵐2007「<遺跡>問題」『近世・近現代考古学入門』:252.)

こうした問題提起から10年以上が経過したが、「学生が理解しやすい埋蔵文化財保護と考古学研究の関係性に関する入門書」(149.)に問題意識が何も認められないという点に事態の深刻さが表出している。

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五十嵐彰

国境や県境そして市町村境は、現地で直接視認できません。測量士がデータをもとに設定した屈曲点に杭が打たれてその間を結ぶといったことで再現できるに過ぎません。向田遺跡と方南町南遺跡の境も恐らくそうでしょう。もし直径30cmの土坑の真ん中に、向田遺跡と方南町南遺跡の境が走っていて、その両方から出土した土器片が接合したとしたら、どうなるでしょうか? 同一遺構内の接合個体であるにも関わらず、「遺跡間接合」ということに成りかねません! 
これは由々しき事態です。
by 五十嵐彰 (2021-01-22 19:56) 

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