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五十嵐2020c「考古学と骨董品」 [拙文自評]

五十嵐2020c「考古学と骨董品」『南永昌遺稿集 奪われた朝鮮文化財、なぜ日本に』朝鮮大学校朝鮮問題研究センター編集・発行:309-313.

「今回、南永昌さんの「朝鮮文化財、なぜ日本に」(『朝鮮時報』1995年1月~1996年1月連載)および「奪われた朝鮮文化財、なぜ日本に」(『朝鮮新報』2015年3月~2017年5月連載)を通読する機会が与えられた。読みながら考えたことを考古学の立場から記すことで、南さんから受けた学恩に答えたい。」(309.)

南 永昌(ナム・ヨンチャン)1941年12月15日 福井県生まれ、東京朝鮮中高級学校、東洋大学社会学部卒業、1967年4月朝鮮新報社に入社、日本語新聞『朝鮮時報』の記者として活動、退社後、様々な職種に就くかたわら、略奪された朝鮮文化財研究に生涯を捧げた。2019年3月11日永眠、享年77。

何よりも1993年に出版された李 亀烈『失われた朝鮮文化 -日本侵略下の韓国文化財秘話-』新泉社の訳者として知られている。私が文化財返還問題に関心を抱き始めた頃は、本書が殆ど唯一の手引書と言っても過言ではなかった。

その後、1995~96年の『朝鮮時報』連載記事では軽部 慈恩、伊藤 博文、曽禰 荒助、寺内 正毅、小倉 武之助、大倉 喜八郎、根津 嘉一郎、細川 護立、朝鮮総督府の「古蹟調査事業」、東京国立博物館という項目で、20年後の2015~17年の『朝鮮新報』連載記事では日本の朝鮮文化財略奪政策、古書、陶磁器、石造物、絵画、朝鮮鐘、仏像、楽浪古墳、伽耶遺蹟、百済遺蹟、新羅遺蹟という項目で、それぞれ詳細な記載がなされた。本書に再録する過程で、欠落する書誌項目などが補われている。

「韓国・朝鮮文化財問題連絡会議のこれまでの経験から、研究者と市民が共に文化財返還問題についての情報交換を行い、考察を深める市民運動がとても大事であると思う。これは文化財返還問題を国家の手から市民の手に取り戻す運動であると言える。」(康 成銀「解説」:293.)
文化財返還問題を文化的暴力(文化的ジェノサイド)という観点から説明する朝鮮大学校の康 成銀氏の解説文共々、日本における文化財返還問題の実態を確かめる上で欠かせない書誌である。

「現在の考古学の世界で研究対象とする発掘資料は「文化財保護法」という法律のもとで「文化財」の一つである「埋蔵文化財」として位置づけられている。埋蔵文化財の取り扱いは「貴重な国民の共有財産」(文化庁)という前提のもとで、発掘調査によって出土した資料の個人的な所有(私有)は認められず、原則としてすべて地方公共団体へ譲与される。だから土器や石器に値段が付いて売買の対象となるといった事は想定されておらず、もしそのような事柄が発覚すれば不正行為としてニュースで取り上げられることになる。
しかし縄紋土器や石器といった埋蔵文化財の売買と異なる、そうした事が日常的になされている別世界がある。それが書画骨董の世界である。」(310.)

最近、ふと見たテレビで日本に甲冑などの武具を買い付けに来ているフランス人に密着取材した番組があった。私などは博物館に並んでいる兜しか見たことがなく、全てそうした扱いを受けているものと何となく思っていたが、実際は東京の都心のビルの一角に所狭しと甲冑が並び、それを西洋人が撫でながら品定めをしているのであった。

発掘という作業を通じて地中から掘り出された<もの>はどんな小さな土器片ですら文化財認定がなされて保護されているのに対して、こちらは自由に売買の対象とされ、ある<もの>はバイヤーを通じて驚くべき値段で海外の愛好家のもとに送り届けられている。

「「コレクターが自分たちの集める文化財に寄せる愛情がたとえ本物であるとしても、それが結局は、世界の考古学の文化財にとって大きな脅威である盗掘に投資することになる。これこそ今なお現存する真のパラドックスである。」(コリン・レンフルー&ポール・バーン2007『考古学 -理論・方法・実践-』東洋書林、570頁)
世界的な考古学の教科書で記された「コレクターこそ真の盗掘者である」と題する一文である。しかしこのパラドックスは必ずや解決されなければならない。そのためには、由来に正当性のない文化財の購入を拒否するだけでは不十分である。過去に入手した品々についても、その来歴が明らかでない信頼性に乏しい資料については、現在の所有が適切でないと判断されるならば、本来の所有地に返還しなければならない。なぜならば、そうした不法・不当な品々は、未だに公的機関を含めて個人が所有する文化財の大きな割合を占めていて、そのことが今なお続く盗掘や略奪そして贋造品の製作を強力に後押ししているからである。」(311.)

これも都心のある骨董店を訪れた時のこと、私のことを考古学者ましてや文化財返還問題に関心のある考古学者とは知る由もない店主は「いいものを見せてあげます」と店の奥に招き入れて、机の引き出しを開けてくれると、そこには大型の勾玉や管玉がゴロゴロと…

「植民地を統治する側が、植民地の独立を促進するような事業を行なうはずがない。だから、どんな立派なお題目を掲げて、どれだけ莫大な経費をかけて、どれだけ丁寧な発掘調査がなされたとしても、私心ではなく学問のための「義務の遂行」と言い繕っても、それが発掘地である植民地住民のためになされたなどということがあろうはずがない。すべての植民地考古学は、自分たち植民地宗主国のためになされたのである。たとえ当人たちが、いかに真面目に、真摯に自らの業務を遂行したとしても、この厳然たる事実を、誰もが確認しなければならない。私たちが社会生活を営むうえでなす様々な社会的な行為(学問もその一つである)について、何のために、誰のためになしているのかという自問が繰り返しなされなければならない所以である。」(312.)

朝鮮総督府や京城帝国大学に所属し古蹟調査委員会に名を連ねて植民地考古学を推進した世代が幽明境を異にする時代となった。後続の世代である私たちは、彼らが遺していった数々の「負の遺産」の後始末をする役割を否応なしに負っている。

「大学や博物館が所有する入手の経緯を明らかにすることができない不法・不当な文化財を本来あるべき<場>へ戻すためには、大学や博物館が不法・不当な文化財を所有し続ける現状を暗黙のうちに支持している私たち一人ひとりの在り方、すなわち異国の文化財を見る眼差しが変わらなければならない。コロナ禍を経験した私たちは、「新しい生活様式」ならぬ「新しいエシカル(倫理的)な社会規範」を身に付けなければならない。
文化財返還問題は、私たちに委ねられた具体的な戦争責任の一環をなしている。」(313.)


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