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和田2020『多摩川流域の縄文時代遺跡と敷石住居』 [全方位書評]

和田 哲 2020『多摩川流域の縄文時代遺跡と敷石住居』(自費出版)

B5版・613頁の堂々たる大著である。
しかし申し訳ないことに私の関心あるところは、東部戦線(緑川東問題)に関わる併せて20頁ほど(第Ⅳ章 縄文中期の遺跡 15.国立市緑川東遺跡:334-344頁、第Ⅱ部 4.緑川東SV1と小田野SI08について:573-581頁)の箇所である。

「炉はなく中央に長方形の屋内土坑が存在し、その両側に1mを超える石棒が2本ずつ、計4本並置されて発見され、その部分の敷石は除去されていた。(中略)
この遺構に対する筆者の見解は、通常の敷石住居ではなく特殊な祭祀遺構であり、石棒並置は儀礼終了に伴う在り方を示すと考えている。(中略)
SV1には中央に床下土坑とされる長さ150cm、幅45cm、深さ10cm以下の土坑があり、小田野でも炉とされる長さ124cm、幅36cm、深さ20cmの全く同様な形状のものがあり、筆者は小田野のものは炉ではないと判断している。」(337.)

緑川東SV1を語るときに小田野SI08を抜きに語れない。

筆者(和田氏)も評者(五十嵐)も、両遺構(緑川東SV1・小田野SI08)が一般的な住居ではなく、初めから終りまで特殊な遺構であったという点で一致している。
両者の相違点は、和田さんが小田野SI08は特殊な遺構として構築時の形状を留めたまま廃絶したのに対して、緑川東SV1は特殊な遺構として構築されたが廃絶時に当初設置された中央部分の敷石を除去して大形石棒4本を設置したとする点である。
私は、小田野SI08も緑川東SV1も共に最初から特殊な遺構として構築され、途中で改修(リフォーム)などはなされず、当初の形状を留めたまま廃絶して現在に至ったと考えている。
すなわち和田さんは緑川東SV1について別の用途で作られた特殊遺構を再利用して大形石棒を設置したと考えるのに対して、私は緑川東SV1は最初から大形石棒を設置するための専用の施設として構築されたと考えている。

小田野SI08と緑川東SV1の一方は当初のままとし他方を改修・改築されたと分けて考える要因は何か?
同じような「長方形の特殊な土坑」は共に構築当初のものだが、それが立石や平石で囲まれていれば当初のままで、4本の大形石棒が並置されていれば廃棄時の改修・改築なのだろうか?

「以上、両遺構の特殊性について述べたが、山本暉久氏は「敷石遺構SV1は、柄鏡形敷石住居として構築され、集落あるいは近隣の集落を含めて行われた石棒祭祀の終わりにあたって、4本の完形の石棒を、この住居に配置し、住居廃絶に伴いプランの壁際に配石行為が行われた「廃屋儀礼」を示すものと考える。」(せたがや文化創造塾、講演録)としているが、住居廃絶に伴う儀礼が存在することは確かであるが、本例の特殊性を十分考慮することが重要である。」(576.)

私も同意見である。
一般的な住居において「廃屋儀礼」なるものが行われた可能性は高いであろう。
しかし小田野SI08や緑川東SV1のような「住居」ではない特殊な遺構において、その特殊な遺構が構築された本来の目的である儀礼とは異なる「廃屋儀礼」なるものが行われたとする場合には、その「特殊性を十分考慮すること」すなわち十分な根拠の提示が重要と思われる。

「遺構は特殊祭祀遺構として構築され、廃棄時に石棒並置が行われたことは明らかで、特殊遺構であればここで祭祀が執行されたと考えるのもまた当然であるが、それも蓋然性を疑問視する意見もある。」(343.)

特殊な遺構において祭祀が行われたと考えるのは当然として、本当に特殊遺構であるSV1の「廃棄時に石棒並置が行われたことは明らか」なのだろうか?
同じような特殊遺構である小田野SI08では「廃屋儀礼」は行われず、緑川東SV1では「廃屋儀礼」が行われたとする「明らか」な根拠が、緑川東SV1の詰石6個ではいささかエビデンスとして「弱い」のではないか。

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五十嵐彰

ある<場>にある<もの>が無かったことを、ある人は「除去された」とし、ある人は「最初からなかった」とする。
あった<もの>が無くなったという論証は、もともと無かったという論証に先立つ、すなわち論証責任がより大きいのではないか?
このことは、「オッカムのカミソリ」として知られる指針(ガイドライン)と関係する。すなわち「ある事柄を説明するのに、必要以上に多くを仮定すべきではない」あるいは「ある現象に対する複数の説明がなされる時に、前提や仮定のより少ない説明が最適なモデルである」というものである。
by 五十嵐彰 (2020-07-17 20:53) 

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