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「旧石器研究の理論と方法論の新展開」:討論の記録 [石器研究]

日本旧石器学会 第17回シンポジウム「旧石器研究の理論と方法論の新展開」:討論の記録 『旧石器研究』第16号:125-142.

昨年6月に行われた砂川問題(西部戦線)の討論(闘争)記録である。砂川闘争は、個別発表の後にもなされており、今回活字化された部分は、実際になされたやり取りのおよそ半分ぐらいである。

「そもそもこのシンポジウムにおいて、接合の方法論的な意義を語る私の発表はあるのに、なぜ母岩識別法を語る発表は設定されてないのか。母岩識別論者には本日提出した私の7つの疑問に答えていただきたいと切に望むのですが、個人的には砂川モデルを主題としたシンポジウムないし公開討論会のようなものが設定されてしかるべきだと思います。」(139.)

果たして日本旧石器学会主催シンポジウム「砂川モデルを問う」という「新展開」は見られるだろうか?

最近、旧石器で卒論を書きたいという人に、このシンポジウムでの発表予稿五十嵐 2019c 「旧石器研究における接合の方法論的意義 -「砂川モデル」の教訓-」を渡して、私の言う「7つの疑問」とは何かという課題を出した。

疑問1:石器の製作工程は、常に前半-後半という単純な二区分なのか?
疑問2:一つの原石(母岩)の石核は、いつも一つなのか?
疑問3:類型A・類型B・類型Cだけでは、石器製作の実態は説明できないのではないか?
疑問4:単独母岩の石核は、なぜ類型Cではなく類型Aなのか?
疑問5:石核と砕片を、同じ残滓としていいのだろうか?
疑問6:用済みの石核は「残核」なのに、なぜ用済みのナイフ形石器は「残ナイフ形石器」でないのか?
疑問7:石器製作の工程連鎖は、製作廃棄の連鎖だけなのか?

ある意味で、極めて単純で素朴な疑問ばかりである。初学者でも、というか初学者だからこそ思いつくような疑問ばかりである。ところが専門家たちは、こうした疑問は思いつくどころか、疑問にまともに向き合おうとする気さえないようなのである。何よりもこの私自身がこの「7つの疑問」にたどり着くのに、28年もかかってしまったのだから。

まず疑問1から考えてみよう。
砂川モデルとは、石器製作工程を前半(類型B)と後半(類型A)の二つに区分する考え方である。
それでは、何をもって前半(類型B)とし、何をもって後半(類型A)とするのか?
それは同一母岩とされる資料群の中に、石核が有り、表皮が無ければすなわち後半(類型A)、石核が無く、表皮が有れば前半(類型B)とする。
そこで、深刻な問題が生じる。
すなわち、同一母岩とされる資料群の中に、石核が有り、なおかつ表皮が有る場合はどうするのか?
あるいは、同一母岩とされる資料群の中に、石核が無く、なおかつ表皮も無い場合はどうするのか?

しかし、同一母岩識別論者あるいは砂川モデル信奉者からは、こうした疑問に対する答えが返ってきたためしがない。

例えば、私の7つの疑問に応答するという辛い?役目を負った野口さんのコメント(129-130.)を見てみよう。
1.人文科学または経験科学のフレームワークに対する認識不足
2.1992年以前の70年代・80年代の議論を再確認する必要性
3.時期的・地域的な差異の可能性を議論できる資料がないこと
4.考古誌のあり方を検討する必要性
5.製作行動を要約する次元において量的・集合的な場合に砂川モデルの有効性はある
6.ミーシー(漏れなくダブりなく)よりも、項目を絞ることが必要
7.抽象化し要約化することが必要で、それが可能なデータが乏しい
8.報告書とデータ提示は関連している

果たして野口さんの発言を的確に要約できているか心許ないが、こうした応答は、私が提示した7つの疑問に対する答えと言えるだろうか?
今から半世紀前以来の砂川モデルの紆余曲折を丹念にトレースしたら、石器製作工程を単純に二区分する問題を解決できるのだろうか?
あるいは出土資料を報告する際にデータを抽象化・要約化する必要性を認識したら、一つの原石から複数の石核が産出される問題が解決するのだろうか? 
ある人は、こうした状況を「歯車がかみあっていない」と評した。しかし歯車をかみ合わせていないのは、いったいどっちなのだろうか?

稲田さんは砂川モデルは類型A・Bとして特徴的なことを強調しただけで、他の可能性を否定したわけではない(130.)と述べられたが、他の可能性を指摘する意見について当事者は全く応答しない、あるいは他の研究者も問題の指摘自体に言及しないという現状をどのように理解したらいいのだろうか?
砂川モデルは「ちょっと偏った」(稲田:130.)といったレベルではないのではないか?
その「偏り」をなぜ誰も問題にしないのか?
私は、砂川モデル自体の問題性と共に、むしろそうした明らかな問題を認識しながらも直視しない(直視し得ない)研究者体質を問題にしているのである。
それに対して「寛容に受け止めるべき」(同)と和解を勧告されても、対応に苦慮せざるを得ない。

もちろんこうした穏健な姿勢に対して「一理ある」(高屋敷 飛鳥2020「研究発表・シンポジウム報告」:124.)と感じる研究者もおられるわけである。

「砂川モデルは、なぜ西アジアや中央アジアのEUP石器群に適用されないのか。」(135.)
質疑応答の中で提出した8つ目の疑問は、当該誌に掲載された2つの論考(タジキスタンの中期旧石器:19-41.およびカザフスタンの後期旧石器:59-78.)を読んでも、依然として解消されない。

砂川モデルの基盤をなす母岩識別という手法は、旧石器の現場レベル(考古誌作成)に広くいきわたっているにも関わらず、そうした基礎データを用いた砂川モデルによる研究はほとんどなされていないのは、なぜか?
実践と理論・方法論の深刻な乖離、この9つ目の疑問に一定の見通しが得られない限り、砂川問題は解決に至らないだろう。

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伊皿木蟻化(五十嵐彰)

補足の説明です。
一つの原石(母岩)から残される石核は、常に一つなのでしょうか? それとも複数の石核が残される場合もあるのでしょうか? もし複数の石核が残される場合があるのだとしたら、それは一つの母岩の石核は一つであることを前提とした砂川モデルは、根本的な組み換えが求められているのではないでしょうか? これは石器資料論あるいは考古資料論上の重大問題です。しかしたとえ一つの母岩から複数の石核が残されたとしても、砂川モデルの原理は何らの修正も必要ないとされる方もおられるようです。これは、もうすでに私の対応できる範囲を超え出ています。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2020-06-06 05:13) 

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