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加藤2018「先住民族の遺骨返還」 [論文時評]

加藤 博文 2018 「先住民族の遺骨返還 -先住民考古学としての海外の取り組み-」『先住民考古学シリーズ』第1集、北海道大学アイヌ・先住民研究センター先住民考古学研究室:1-71.

「本小論は、先住民族の文化遺産の返還の世界的な動向について、各国における事例を参照しながら、具体的な取組みの過程において確認された先住民族文化遺産をめぐる各国の法制度との関係性、返還過程において明らかとなった課題点を整理することを目指したものである。数世紀にわたり収集されてきた先住民族の文化遺産には、日用品から儀礼用具、そして先住民族の遺骨までが含まれている。本小論では、その中でも、とりわけ先住民族の祖先の遺骨や、それに関わる副葬品の返還を巡る取り組みと課題に焦点を当てた。その理由としては、21世紀に入り日本においても先住民族アイヌ自身による祖先の遺骨返還を求める動きが改めて訴訟も含めて顕在化してきていることがある。また過去の日本の大学研究機関によって研究目的で収集され、保管されてきたアイヌ民族の祖先の遺骨の今後の取り扱いについても早急に検討する必要が生じているためである。そしてなによりも、発掘調査において墓や遺骨の発掘に関わる考古学者や、出土人骨の分析に関わる生物考古学者(自然人類学者)にとって、国際的な動向を理解し、問題の所在と研究者の果たすべき責任を明確に自覚し、これからの日本における取り組みを真摯に検討することが急務と考えるためである。」(前言)

以下、各国の先住民族の遺骨返還の状況が詳細に語られている。
スウェーデン、フィンランド、ノルウェー、イギリス(イングランド・スコットランド)、アメリカ、オーストラリア、カナダ、デンマーク

例えば、オーストラリア連邦政府の「先住民文化遺産返還プログラム(Return of Indigenous Cultural Program: RICP)」では、以下の4項目が目的とされている。
「1)博物館に保管されているすべての先住民の祖先の遺体、秘匿すべき祭祀具の本来の所在地の特定
2)博物館に保管されている先住民の祖先の遺体、秘匿すべき祭祀具と(文化的に)関係するすべてのコミュニティへの通知
3)(文化的に)関係するコミュニティの要求に沿った博物館での祖先の遺体、秘匿すべき祭祀具の適切な保管
4)要求された土地に要求された時期に返還すること」(41.)

これが、現在の世界的な基準、保管組織に求められている要件である。

例えば、メルボルン大学の場合。
「メルボルン大学にはマーレイ・ブラック・コレクションと呼ばれるアボリジニの人骨コレクションが知られていた。このコレクションは、個人収集家が1929年から1950年にかけてオーストラリア各地から集めた人骨コレクションで、約1800体におよぶアボリジニの遺骨で構成されていた。後にこれらのコレクションは、オーストラリア国立解剖学研究所とメルボルン大学解剖学部に寄贈された。メルボルン大学に寄贈されていたアボリジニの遺骨コレクションについては、1980年代に入り、オーストラリア考古学協会の支援を受けて、その全容の把握と返還にむけた取り組みが開始された(Webb 1987)。この返還プログラムの目的は、アボリジニのコミュニティとの協議を重ねながら互いの意思疎通の道を開き、最終的にメルボルン大学に保管されていたアボリジニの遺骨コレクションを本来の地へ返還することを目的としていた。」(44.)

日本の大学などに保管されている様々なコレクション(児玉コレクション@北大、小金井コレクション@東大、清野コレクション@京大、小倉コレクション@東博など)の「その全容の把握と返還にむけた取り組み」に対して、日本考古学協会はいったいどのような「支援」をしてきただろうか?

「BABAO(生物人類学と骨考古学に関する英国協会)に所属する生物人類学者や生物考古学者の中には、近年の先住民族の遺骨返還に対して研究資料の損失と捉え、否定的な見解を表明するメンバーの少なくない。しかし、着実に実際の返還運動に関わったイギリスの博物館関係者の中からは、この返還の動きを博物館の負の遺産と関係するやっかいな問題として捉えるの(で)はなく、新たな博物館の役割として前向きに理解しようという動きが出てきている(O'Nell 2006)。アバディーン大学では、返還に関わる作業の過程で作られた北米先住民との関係をその後も大学博物館と北米先住民との交流として発展させている。また返還事業自体も大学での重要な返還事例として"Going Home: Museums and Repatriation" という展示を通じて一般に向けて紹介している。返還作業が新たな博物館施設の機能を生み出し、また大学と先住民族との新たな関係を構築する重要な機会となることを示した良い例である。」(30-31.)

日本では、いまだに返還問題を「やっかいな事柄(トラブル)」と捉えている関係者が多いようである。しかし返還問題(あるべきところではないところに置かれている<もの>をあるべきところに返すこと、家に帰ること、帰郷)は、誰も回避できない(蓋をすることのできない)問題である。前向きな姿勢を取らない限り、お互い不幸であろう。

「本小論は、2014年に文部科学省からの依頼を受けて書き下ろしたレポートを基にしている。その後、幾度か出版の機会があったが、最終的に活字化に至らずそのままとなっていた。
先住民族の祖先の遺骨問題については、2016年以降に新たな動きが我が国でも出始め、海外の研究者からの問い合わせも増えてきている。現在、海外の研究チームからの依頼を受けて、日本についての論考を準備中である。この機会に以前取りまとめた本レポートについて、一旦活字化しておくことも、今後何かの役に立つであろうと思い、今回本小冊子として刊行することにした。」(後記:71.)

私もこの「幾度か」に何らかのかたちで関わっていたので気にしていたところ、こうした形で出版されて何よりも喜ばしいことである。
本論は、日本の文化財保管組織の関係者が弁えるべき世界的動向に関する最低限の知識として極めて有益である。

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