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鞆谷2011『日本軍接収図書』 [全方位書評]

鞆谷 純一 2011 『日本軍接収図書 -中国占領地で接収した図書の行方-』大阪公立大学出版会

「本書は、2011年3月に受理された博士論文「第二次大戦中の中国における日本軍接収図書の研究」(大阪市立大学大学院創造都市研究科)を単行本化したものである。」(231.)

「第一の目的は、第二次大戦中の中国における日本軍接収図書の史実を明らかにすることである。
第二の目的は、史実を明らかにした上で、日本軍図書接収の目的について、筆者自身の検証結果を示すことである。(中略)
第三の目的は、国内の主な機関に搬入されていた接収図書の搬入経緯や、その後の扱い、敗戦後の返還状況を明らかにすることである。」(18.)

中国大陸における日本軍占領地における図書の接収・略奪(筆者は戦時期については「接収」を、戦後期については「略奪」という語を使い分けている)の状況が、華北・華中・華南・上海・香港・北部仏印を対象として詳細に記されている。植民地である台湾と満洲は対象外とされた。それは、1946年のGHQによる「略奪財産の没収と報告」という指令(SCAPIN885)の対象が、1937年7月7日以降であるからという(19.)。

北京を含む華北地域では、満洲における協和会を手本にした中華民国新民会という官製の民衆教化団体が「共産主義或は排日思想を剿滅すべき新民思想精神発揚の諸工作」の一環としていわゆる「抗日図書」を接収していた。こうして集められた膨大な図書類は、1942年に東京大学図書館に搬出された。1946年4月に、GHQが「略奪財産の没収と報告」という指令を発して、1948年1月に横須賀で中華民国に返還された。

「GHQ/SCAPの言う略奪とは、明白に盗み取った略奪は無論、国内法による手続きの有無に関係なく、「強制による移転、没収、剥奪又は掠奪等」と、相当幅広く定義された。」(139.)
「占領政策における略奪財産の定義について、日本政府は、「その移転又は取引が明白な略奪や盗み取ったという形体を以て行われる場合は勿論でありますが、一応表面的には合法的な取引として行われたときでも、この原則の適用があるとせられるのであります」と認めている。1950年3月3日参議院外務委員会における「国が有償で譲渡した物件が略奪品として没収された場合の措置に関する法律案」審議の際の政府委員(石黒四郎)の答弁。」(150.)
こうした定義は、現在に至るまで有効であると考えるのが至当であろう。

香港大学馮平山図書館書庫に所蔵されていた南京国立中央図書館・国立北平図書館・嶺南大学・中華教育文化基金などの蔵書が1942年2月に東京の参謀本部宛に搬出されて、帝国図書館(後の国立国会図書館支部上野図書館)に搬入された。GHQの指令に基づいて帝国図書館は、1947年から1950年の間に中国・イギリス・フィリピン・タイに対して略奪図書を返還した。

1941年日本軍憲兵隊は上海租界において「抗日教科書及教育関係図書」を接収して大東亜省および文部省を経由して京都大学図書館に搬入した。
また1938年に日本海軍南支那海軍特務部が南開大学・清華大学・王立アジア協会などの図書を東京の民族研究所に搬出し、1946年に京都大学に移管した。これらも1947年にGHQの指令によって中華民国に返還された。
京都大学工学部は1943年に日本陸軍から寄贈された米国製航空機エンジン2基も返還している(177.)。

1949年1月中華民国駐日代表団はGHQに「戦時中、日本陸軍と海軍によって持ち去られた中国文化財と書籍の調査及返還についての依頼」という文書と目録(英語版・中国語版)を提出し、これを受けてGHQは「中国より略奪した文化財及書籍の全国調査方命令の件」を発した。この目録を外務省特殊財産局が翻訳したものが、『中華民国よりの略奪文化財総目録』(外務省特殊財産局1949、不二出版1991復刻)である。

このような要請に対して、日本政府はGHQに「日本陸軍と海軍によって略奪されたと主張する中国文化財の報告書」および「中国政府より示された目録に関する日本政府側の意見」(共に英文)という文書を提出した。さらに外務省特殊財産局は1949年8月に中国からの略奪文化財に関する全国調査のために「中国文化財委員会」なる組織を設けた。「中国文化財委員会」のメンバーは、長澤 規矩也(書誌学)、米澤 嘉圃(中国美術史)、杉村 勇造(中国美術史)、駒井 和愛(考古学)その他2名は不明であり、その活動実態そのものがいまだに明らかでない(210.)。

これらの報告書および意見書において、日本政府は日本軍の文化財の略奪と破壊の多くを否定し、むしろ日本軍は中国の文化財を保護したと主張した(188.)。それに対して筆者は緻密な調査を踏まえて、それぞれの占領地における日本政府の主張は「まったく成り立たない」(196.)、「文化財の保護を行ったのは、あくまでも日本陸軍のためであった」(197.)、「日本政府の主張は主と従を逆にしている」(200.)、「日本政府は中国文化財の保護に努力した」という日本政府の主張を支持することはできない(204.)とほぼ全否定の結論を示した。当時の日本政府の主張が、いかに実態と乖離した自らに都合のいい文言であったかが明らかにされた。その当時は良かれとしてなした対応が、結局は自らの姑息さを満天下に示すことになったわけで、現在に続くいわゆる「国益を損なう」政府答弁の典型である。

本書は、このように中国における占領地における略奪図書の実態を戦後の返還作業と共に詳細に明らかにしたものである。
戦後の返還作業自体が中華民国からGHQへの要請によるものであること、そのため本書の対象からも除外された満洲・台湾などの植民地、フィリピンなど南方占領地、サハリンなど北方占領地、そして何よりも連合国を構成することのなかった植民地朝鮮における実態解明が喫緊の課題である。

ここに、日本の戦後処理の大きな歪みがある。
朝鮮半島における略奪文化財の実態解明、そのことに基づく返還作業が、東アジアに暮らす私たちに課せられている。


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