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御堂島2016「石器実験痕跡研究の構想」 [論文時評]

御堂島 正 2016 「石器実験痕跡研究の構想」 『歴史と文化』 小此木輝之先生古稀記念論文集、青史出版:103-120.

駿河台のM大から、西巣鴨のT大へ。
質の違いが、歴然としている。

「実験痕跡研究の枠組み」(五十嵐2001『考古学研究』47-4:76-89.)を提示してから15年、日本では数少ない「トラセオロジスト」から世界的な研究動向を踏まえた上で日本語としての用語・枠組み共に良く吟味・整備された「石器実験痕跡研究の構想」が提示された。
望むべくは、こうした内容の論文が私よりも若い研究者(30代せめて40代)から提出されることなのだが、それは高望みともいうべきか。
学問の進展・歩みというものを、目の当たりにする思いである。

「様々な実験により把握された人間行動・自然現象と痕跡との関係は、ブラインドテストによる検証が行われる必要がある。使用痕跡分析ではよく行われている(Keeley and Newcomer1977; Odell and Odell-Vereecken1980; Newcomer et al.1986; 御堂島1987など)が、石器石材の原産地推定(朽津・柴田1992)、や動物(魚介類)遺存体分析(Gobalet2001; Milner2001)、植物珪酸体分析(Pearsall et al.2003)、炭素年代測定(Olsen et al.2008)などでも行われている。ブラインドテストは、痕跡からどの程度正しく人間行動・自然現象が推定できるかという分析能力を評価するものであると同時に問題点を明らかにし、方法的改善を図るための強力な手段となる(Evans2014)。ただし、ブラインドテストは設定条件によって成績が大きく左右されるものであり、有意味な条件設定を行う必要があるが、少なくとも実験と同条件においては(高い確率で)正しく推定できなければ、把握された関係は単なる思い込みに過ぎないということになってしまう。」(107.)

日本では考古学研究におけるブラインドテストについて不正が行われる可能性?を指摘してその必要性を貶める研究者がいるが、示された文献(Adrian A. Evans 2014 On the Importance of Blind Testing in Archaeological Science: the example from lithic functional studies. Journal of Archaeological Science 48:5-14.)をよく読んで、自らの主張が「単なる思い込み」でないか点検する必要があるだろう。
「日本ではこんな主張をする研究者がいるんです」といった趣旨の手紙を、考古科学ジャーナル編集部宛に送ったらどんな反応があるだろうか。
あるいは今月末に京都で開催される世界考古学会議の「テーマ10:科学と考古学」のいずれかのセッションで、同趣旨の発言をしたら、聴衆はどのような反応を示すだろうか。
(なおアドリアン・エバンス氏は、WAC-8「テーマ4:考古倫理」「セッションF:デジタル生物考古学」での発表が予定されているので、直接ご本人に伺うこともできそうである。)

13年前に、考古資料(過去)-実験試料(現在)、行動(動態)-痕跡(静態)という2項2対の組み合わせをもって、実験行動⇔実験痕跡⇔考古痕跡⇒考古行動という推論プロセスを「実験痕跡研究の構図」というキャプション・タイトルを付して提示したことがあった(五十嵐2003「座散乱木8層上面石器群が問いかけるもの」:29.)。
翌年になって簡略化した図が示されていたが、実験痕跡から実験行動への検証過程については、図中には明記されることなく「ブラインド・テストや可能性をより限定する条件での実験を追加することで蓋然性をより高めることは可能である」(鈴木 美保2004「研究史にみる石器製作実験 -理論・方法、今後の展望-」『石器づくりの実験考古学』学生社:17.)と述べるに留まっていた。
本論の「図1 実験痕跡研究の考え方と方法」では、五十嵐2003で示した枠組みとほぼ同様の図が示され、実験痕跡から実験行動へのプロセスは「ブラインドテスト」として位置づけられている(106.)。さらに過去の考古痕跡が「文化的・非文化的形成過程」を経て「改変された痕跡」へと変化するプロセスが示されている。

「なお、五十嵐彰は、「製作・使用・廃棄の各次元および土器・石器・骨器といった材質別の遺物あるいは遺構との相互関係(相互性の誤り)を見据えた総体的な枠組の認識が必要である。」と述べ(五十嵐2001:79頁)、加工(使用ー製作)連鎖という視点(五十嵐2003)や痕跡連鎖構造という考え方(五十嵐2004)を示した。痕跡を介してもの同士、とくに使用(加工具)と製作(被加工物)が連鎖しており、個々のライフヒストリーの各痕跡はそうした連鎖により網目状に他の考古資料と関連している。本論ではライフヒストリーに重点をおき、この点を述べていないが、痕跡を媒介としてものとものとの関係性を研究する痕跡連鎖研究・痕跡連鎖分析も成立する。」(113.)

こうした視点に基づけば、剥離具との接触による微視的な製作痕跡に関する研究(御堂島 正2016「黒曜岩製石器の製作痕跡 -剥離具との接触による微視的痕跡-」『神奈川考古』第52号:1-11.)についても、被加工物である剥片の「製作痕跡」の観察だけではなく、同時に生じている(はずの)加工具であるハンマーの接触部分である「使用痕跡」の観察に至り、両者の相互関係も明らかにされるのではないだろうか。
所謂アクター・ネットワークならぬ「アクターなきネットワーク」というやつである。

様々な可能性を予感させる。


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