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田村2014『市原市柏野遺跡』 [考古誌批評]

『首都圏中央連絡自動車道埋蔵文化財調査報告書22 -市原市柏野遺跡-』千葉県教育振興財団調査報告第721集(田村 隆2014「旧石器時代」:11-245. 316-319.)

「わが国の旧石器考古学は、二つの錯誤の上に成立していた。一つは、遺物集中地点を居住や石器製作~石器使用の場と直接対応させようとする「月見野仮説」であるが、この仮説はすでに過去のものになった(田村2012「ゴミ問題の発生」『物質文化』92号 1~37頁)。遺物の廃棄や遺棄などと軽々しくいえない(鹿又喜隆2011「石器の空間分布による遺棄・廃棄行動の解釈の妥当性」『旧石器考古学』74 61~75頁と比較せよ)。 (中略)
もう一つの錯誤は、遺跡から出土する石器群を、一定の技量をもった成人の工作物と考えることである。この誤った前提の上に、技術形態学的な議論が組み立てられてきた。本文中で再三指摘してきたように、本遺跡の石材消費は、稚拙な石割から、高度の達成を示すものまで一連の消費スペクトラムを構成しており、これを子供の関与によるものと考えた。この仮説を「チャイルド・プレイ仮説」とよんでおこう。」(318.)

先の第18回石器文化研究交流会における新田浩三氏の発表「千葉県における近年の旧石器時代遺跡調査の動向」『石器文化研究』第20号:50-53.によって教えられた「田村ワールド」全開の最新考古誌である。

確認調査3315㎡・本調査7239㎡、計10554㎡を担当調査員延べ6名で2008~10年度の3ヵ年度およそ20ヶ月を要して発掘し、その後2011~13年度の3ヵ年度およそ36ヶ月を要して担当調査員延べ4名で整理・報告がなされた。発掘を担当した調査員は誰一人整理・報告を担当しておらず、ということは整理・報告を担当した調査員も誰一人報告する<遺跡>の発掘調査を担当しておらず、これではたとえ両者が緊密な連絡を取ったとしても、様々な歪みは避け難いであろう。埋文行政の一つの病理である。

寄せゴミ:生活空間内の清掃による廃棄物の寄せ集め(47.)
シート・トラッシュ:生活空間内のゴミの散布(47.)
廃棄行動の誘因効果(マグネット・イフェクト):剥片剥離による副産物である危険な石片を掃き集めた場所であり、形成された廃棄物の集積が長期間何度も掃き寄せられた結果である。(57-58.)

「寄せゴミ」と「シート・トラッシュ」については、最終的な残存形態が集中度の高い円形状を呈するかどうかに拠るものであるが、その識別は思うほど容易ではない。

「集中地点間の接合関係については多くの議論がある。かつてはブロック間の関係を直接示すものといった極端な解釈もあったが、スキャベンジング(移動過程で、各所に露出する先行居住者の廃棄した石器や礫(もちろん他の資源も使う)を拾得し、これを再利用することであり、拾得と呼んでおく)やチャイルド・プレイ(子どもの遊びだが、前記ハモンドの指摘を尊重しカタカナ表記とした)を含む種々の要因が関与している。シファーのいうn変換とc変換を前提としない議論は成立しない。」(114-115.)

いわゆる「砂川F/A問題」(五十嵐2003)も、その議論の一端を形成している。

注目すべきは、新田2014で言及されなかった以下の記述である。

「労多くしてほとんど稔りのない石器の個体別分類については実施していない。必要のある場合のみ実施すべきである。」(「石器と礫の分類及び記載方針」:14.)
「なお、しばしば母岩別、あるいは個体別などと称した石器石材の細分が行なわれている。これは遺物集中地点における製作・使用行動を当然の前提とする分析作業であるが、ほとんど成果をあげていない。シファーによる行動考古学の提唱以来、このような素朴で不自然な前提は根本的に否定されている。」(「石器石材と礫種」:16.)

「根本的に否定されている」手法が、どのような場合に必要があり、どのような場合に必要がないのか仔細不明であるが、何よりも以下のような文章が印象に残っているだけに、しばし頭の整理に時間を要することとなる。

「昭和41年および48年に発掘調査がおこなわれた埼玉県砂川遺跡において、はじめて石器群の全点分析の基本的な方針が示された。これは日本旧石器研究史上、特筆すべき方法論的な革新であり、かつて提唱された「野川・月見野」以前・以後という研究史上の画期よりも大きな意味を内蔵していた。たしかに、「野川・月見野」の調査は後期旧石器時代像の大きな転換をもたらしたが、「砂川」は転換された像の実態に切り込んでいくための方法論的な手引きとなったからである。今から振り返ってみれば、これは日本旧石器考古学が達成した、掛け値なしに世界的な業績であったが、研究の詳細が海外に発信されなかったことが惜しまれる。(中略)
個体別資料の分析という困難な作業にもとづいて、個別遺跡における石材消費の基本的なパターンが抽出されたのである(安蒜・戸沢1975)。このパターンは石器石材の需給関係における一つの結節環=遺跡のあり方を実証的にモデル化したものであり、遺物集中地点を完結した行動の場とみなす「セトルメントパターン」の研究[たとえば小林ほか1971]とは一線を画するものであった。砂川モデルは、さまざまな遺跡の連鎖の一齣として個別遺跡における石材消費を位置づけるものであり、個別石器群の背後に広がる膨大な行動を石器石材の需給関係という「動作の連鎖」と認識する立場と評価することもできるだろう。」(田村 隆2010「石器石材の需給と集団関係」『講座 日本の考古学2 旧石器時代(下)』青木書店:100.)

「特筆すべき方法論的な革新」「掛け値なしに世界的な業績」と称えられた手法が、一転して「労多くしてほとんど稔りのない」「不自然な前提は根本的に否定されている」と酷評されるに至る。
4年の間に、いったい何があったのだろうか?
あるいは前回記事で引用した山岡2014のように、着眼点とその実践作業を区別した上での評価なのだろうか?
判らないことだらけである。いずれにせよ、今少しその辺りの説明が求められている。

行政体が発行する考古誌の中で、未刊行英文学位論文が言及されているのも、前代未聞・本邦初であろう(アーロン・ジャクソン発表年不明、テキサスA&M大学:16. カミリ1983年ニュー・メキシコ大学:38.本論については新田2014に英語表記が示されていた)。

「今と同じように、いや今以上に大切に慈しまれた石器時代の子どもたちは、常に好奇心の塊であり、活発に遊びまわり、熱心に学び、生長していった。」(197.)

すごい。


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アマチュア

田村隆さんの難解な論文を理解できるとは…
私は学生時代に安斎先生の主催する雑誌で田村さんの論文をいくつか読んだのですが、内容の3割は???のまま学生生活を終えました。
まあ、考古学には向いていなかったということですね!
by アマチュア (2016-09-10 23:27) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

例えばジュリアン・トーマス2012『解釈考古学』などは、理解できるのは3割ぐらいで、あとは???で人生を終えそうです。WAC-8でも当該セッション・ルームには足を踏み入れることすら出来ませんでした…
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2016-09-12 08:36) 

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