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菊池2013『はじめての考古学』 [全方位書評]

菊池 徹夫 2013 『はじめての考古学』 あさがく選書4、朝日学生新聞社

「この本の目的は、考古学の細かな知識や技術、最新の成果を紹介することよりも、むしろみなさんに、客観的、相対的な態度で過去を知ろうとすること、今と過去と未来をつなぐ時間の流れを意識すること、つまり歴史的なものの見方を伝えようとしています。」(はじめに:3.)

総ルビ使用の小学生を対象とする書籍で、「客観的、相対的な態度」はちと難しいのではと愚考する。
しかしこれは筆者の眼目でもあり、本書の結論部分(173.)でも繰り返し説かれており、譲れない一線なのかも知れない。

「後の時代にかき乱されていない限り、当然下層は古く、上層は新しい土のはずですから、下の土の中から出てきた遺物は、上の土から出てきた遺物より古いということになりますね。」(42.)

ちょうど、先週の土曜日に若い人たちと話し合ったばかりの論点である。
本当にこれでいいのか?

「上の層は下の層よりも新しいという地質学でいう「地層累重の法則」によって、1遺跡で層位を異にして上下の関係で出土した遺物のまとまりどうしは、上の層のものが相対的に新しく下の層のものが古いと位置づけられるのである。」(島田 和高1997「層位学的研究」『考古学キーワード』:56.)

「注意しなくてはならないことは、人為的に形成された層の推移と、それに包含されている考古資料の推移は必ずしも一致しない、ということである。」(江坂 輝弥1983「層位学的研究」『日本考古学小辞典』:193.)

「考古時間論を考える上で、「型式と層位とは二つの異なる時間である」(鈴木1969)そして「包含される遺物(型式)と包含する層(層位)を識別しなければならない」(林1973)という提言から導き出せる「包む-包まれる関係」に関する考え方を、ここでは「鈴木・林テーゼ」とする。」(五十嵐 彰2006「遺構論、そして考古時間論」『山梨県考古学協会2006年度研究集会資料集』:72.)

問うているのは、数の問題(蓋然性)ではなく、物事の原理原則についてである。

「増えるいっぽうだった土木工事による発掘調査ですが、それまで「バブル」と呼ばれた好景気が1990年代初頭に一気に悪化した後は、開発事業が少なくなるのに合わせて調査件数はのびなくなり、近年は毎年およそ7000件台になってきました。この状況のため、調査にじっくり取り組めるいっぽうで、発掘調査の専門の職員が減ってしまい、積み重ねられてきた知識や技術が次の世代に伝えられない、などの新しい課題も生んでいます。」(50.)

引用第1文は問題ないとして、問題は第2文中の「じっくり」という副詞の喚起するイメージである。
個人的には「じっくり」どころか、問題は更に悪化しているとしか思えないのだが、これは都市部における特殊な状況なのだろうか。

「この報告書は分厚いものも多いのですが、最近は、ぼう大なデータ部分をCDなど電子媒体に記録したものも増えてきました。費用も安くコンパクトで、情報をすぐに取り出せて大変便利です。」(59.)

最近はCD付きの報告書を見ることは少なくなったような気がしていたのだが。
むしろネットからのpdfダウンロード(リポジトリ)を述べるべき脈絡ではないのか。
音楽でも、ゲームでも。
こんなことは小学生でも、いや小学生の方がよく分かっているだろう。

「ところが第2次世界大戦中は天皇を神とあがめる教育が行われたこともあって、特に天皇や国家の起源に関わるようなテーマはさけられ、全体的に考古学の研究はとどこおってしまいました。」(129.)

これもよく目にする言説だが、「相変わらず」という印象を否めない。
「全体的」という言葉に、戦時期の朝鮮半島および中国大陸における日本人による考古学研究は含まれていないようだ。

「今、日本の大学でも、学生たちは実験考古学の実習を行います。例えば土器やガラス玉を作ったり、田んぼをたがやして古代の米作りをしたり。」(155.)

以前にも記したことだが、「物見櫓や大形掘立柱建物の復元あるいは様々な発火法の試みなどは、「実験考古学」というよりも「体験考古学」といったほうが、相応しいように思われる」(五十嵐2001「実験痕跡研究の枠組み」『考古学研究』47-4:83・84.)。

「東日本大震災、ことに原発の放射能の問題では、いかに人々が歴史的感覚に欠けていたことか。責任ある人たちが、歴史や考古学、あるいは地質学の成果を軽視していなければ、こんな悲劇は起こさずにすんだでしょう。」(173.)

筆者は、被曝県所在の博物館館長という職責にあるのだから、こうした感想を抱かれるのも当然と言えば当然である。

「歴史は遠い過去からはるかな未来までずっとひと続きです。私たちは、今をよりよく生き、また子どもたちがより幸せに生きていけるよう、今と未来のことを考えます。そのためにはできる限り過去を知らなければならない、というわけなのです。はるかな未来を考えるならその分、それと同じぐらい遠い過去を知らなくてはならないのです。」(172.)

「遠い過去」だけではなく、「近い過去」もお願いします。


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