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日吉台地下壕の現状に関する緊急アピール [近現代考古学]

「日吉台地下壕は、アジア太平洋戦争末期に帝国海軍がその中枢機能を移した施設であり、戦局の悪化に対し大日本帝国がとった軍事的活動を伝える、きわめて重要な物的証拠である。」(日吉台地下壕に関する諮問委員会2009「日吉台地下壕に関する諮問委員会答申書」『日吉台遺跡群蝮谷地区発掘調査報告書』:5.)

「地下壕は〇三年に文化庁が調査し、全国の幕末以降の重要な戦争遺跡五十件の一つに選ぶなど、文化的価値を認めた。だが、文化庁は「太平洋戦争中のものは保存すべきか判断が難しい」として、日吉台地下壕は文化財や史跡に指定していなかった。担当者は「学問的には価値があっても、見るだけで亡くなった親族を思い出すなど、戦争体験者の感情的な問題がある。多くの命が失われた悲惨さや、地下壕建設のために朝鮮人が強制的に働かされたという政治的要素もある」と説明する。」(『東京新聞』2013年4月23日朝刊)

新聞の見出しは「横浜・日吉 旧海軍遺構で宅地開発 地下壕入り口 解体危機」であるが、掲載されている写真は既に入口部分が無残に破壊されて坑内が露出しているものである。

2008年9月27日に慶應義塾日吉キャンパス蝮谷体育館の建設工事中に今回問題となっている地下壕と反対方向に所在する出入口部分の破壊が明らかになり、急遽外部有識者・専門家を含めた諮問委員会が結成され、その答申に基づき発掘調査の実施・報告書の刊行がなされた(『日吉台遺跡群蝮谷地区』【2011-09-15】)。また2010年6月26日には「日吉台地下壕」を主題とする学会シンポジウムが開催されて、その歴史的な重要性が各方面から指摘されていた(「キャンパスのなかの戦争遺跡」【2010-07-01】)。

にも関わらず、である。

2013年4月13日に建設業者による入口部分の破壊が確認された後、17・18日には横浜市教育委員会による現地確認調査がなされたが、その後も関連する沈殿槽や土管などの破壊が継続し、隣接する異なる入口部分の破壊も進行している。

「戦争体験者の感情的な問題」は、行政が地下壕保存に消極的な本当の理由だろうか?
もしそうだとしたら、「原爆ドーム」が世界文化遺産に登録されたことをどのように説明するのだろうか?
「地下壕建設のために朝鮮人が強制的に働かされた」ことが、何故消極的になる「政治的要素」になるのだろうか?

「1945年以後、日本人研究者は、日本の「植民史」(すなわち、侵略史)を、日本人の民族的責任の大きさをはっきりさせるという目的を強固にもっておこなってきただろうか。もしそうであるならば、日本人近現代史研究者は、まず、1860年代以降に日本人がアジアで何をやってきたのかを集中的に実証的に詳細に明らかにしようとしただろう。だが、1876年および1895年以後に台湾で日本人が何をしたか、”日清戦争””日ロ戦争”時に朝鮮、中国で何をしたか、1918~1925年にシベリア、朝鮮、間島、サハリンで何をしたか……を明らかにしようとする日本人の研究はあまりにもすくない。
誰が、何を、どのようにしておこなったのか、ということが明らかにされなければ、おこなったことの責任の大きさも、責任の質も、責任のなかみもわからなくなってしまう。最近の日本の政治・文化状況は、誰が何をしたのかをあいまいにし、日本のアジア侵略の責任の所在をわからなくしてしまう方向に、よりすすんでいるように思われる。」(キム・チョンミ1992『中国東北部における抗日朝鮮・中国民衆史序説』:7.)

今から20年以上も前に書かれた文章であるが、現在にもそのまま、というより更に深刻に該当することは、誰の目にも明らかである。
誰が何のために、このような明らかに愚かな巨大な地下構造物を造ったのか?
そして誰が今、こうした愚かさを伝えるモニュメントを破壊させつつあるのか?
<もの>は、その破壊の痕跡をも含めて、その時代状況を後世に伝える。
私たちひとりひとりが今、生きている、この時代状況を。


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伊皿木蟻化(五十嵐彰)

「港北区の旧日本海軍「日吉台地下壕」、埋蔵文化財包蔵地台帳に登録方針/横浜市」(『神奈川新聞』5月8日(水)8時30分配信、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130508-00000017-kana-114
少なからぬ犠牲を払った上での、とりあえず一定程度の前進と評価できるでしょう。様々な人々の努力の結果だと思います。今回の事態を受けて、これからどのような態勢をとり、どのように生かしていくことができるかが問われています。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2013-05-08 12:25) 

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