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大村2011『縄紋土器の型式と層位』 [全方位書評]

大村 裕 2011 『縄紋土器の層位と型式 -その批判的検討-』 六一書房

「考古学における型式(types)と層位(strata)は、それぞれ型式論(typology)・層位論(stratigraphy)として考古学方法論において基礎的な位置を占めている。しかし両者の相互関係について論及した文章は、意外に少ない」と記して10年近くになろうとしている(五十嵐2002「型式と層位の相剋」『旧石器時代研究の新しい展開を目指して』:13.)。縄紋土器という限られた資料についてではあるが、型式と層位の相互関係について正面から問う著作が刊行された。

「この本の特徴は、縄紋土器型式とその「出土層位」を批判的に検討していることにある。」(序)

以下の一節に、注目する。
「下総考古学研究会は、会の設立時より土器の分布と層位の検証を常に追究してきた。特に層位の検討に当たっては、「三上方式」によって、土器の出土層位を客観的に吟味し、「層位事例の等級化」を図り、異論の余地のない先後関係を認定しようと努力してきた。」(196.初出は大村裕・建石徹・大熊佐智子・植月学・大内千年・小林謙一・高橋大地・小林園子2004「房総半島における勝坂式土器関係資料の層位的検討」『下総考古学』第18号:83.)

Ⅰ―A:重複した住居址の炉体土器(埋甕)
Ⅰ―B:住居址内の炉体土器と埋甕
Ⅱ―A―a:新住居(炉体土器)と旧住居(覆土出土土器)の重複
Ⅱ―A―b:新住居(覆土出土土器)と旧住居(炉体土器)の重複
Ⅱ-B:住居址内の炉体土器と覆土出土土器
Ⅲ-A-a:新住居(覆土出土土器)と旧住居(覆土出土土器)の重複
Ⅲ-A-b:覆土中の上層出土土器と下層出土土器
Ⅲ-A-c:包含層中の上層出土土器と下層出土土器
Ⅲ-B-a:一括出土土器
Ⅲ-B-b:単独出土土器

筆者らの視点は「層位事例の等級化」、すなわち廃棄の異時性(前後関係)の認定に使えるか、使えないかである。
こうした序列を、<場―モノ>論という私の視点から演算式的に変換してみる。

まず、
同一単位(遺構)内における<モノ>の複数の存在状況を「複合(+)」
複数単位(遺構)が重複している存在状況を「直列(÷)」
複数単位(遺構)が重複せずに離散している存在状況を「並列(×)」
とする。

そしてある単位(遺構)における<モノ>の存在状況として
層中分布関係を「1」
面上(面内)分布関係を「2」
として表現する。

Ⅰ―Aは、減重複単位間の面上―面上関係(2÷2) → (8)
Ⅱ―A―aは、減重複単位間の層中―面上関係(1÷2) → (5b)
Ⅱ―A―bは、減重複単位間の面上―層中関係(2÷1) → (5a)
Ⅲ-A―aは、減重複単位間の層中―層中関係(1÷1) → (2a)
Ⅰ―Bは、単独単位内の面上―面上関係(2+2) → (7)
Ⅱ―Bは、単独単位内の層中―面上関係(1+2) → (4)
Ⅲ-A―bは、単独単位内の層中―層中関係(1+1) → (1)
 * →の後のカッコ内数字は、五十嵐2010「統一<場―もの>論序説」図4:153頁における該当パターン

<場>の在り方(複合か直列か並列か)および<場>における<もの>の在り方(層中か面上(面内)か)の組み合わせによって、想定される<場>における<もの>の在り方は全て網羅することができる。
そして大村2011(大村ほか2004)において欠落しているのが、私たちが多くの場合に遭遇する単位(遺構)が重複しない離散関係(並列)の場合であることも明らかになる。

離散関係(五十嵐2010の3・6・9)を時間的にどのように関係付けるのか。
それが<場>と<もの>の相互関係における課題であり、その手がかりとして型式概念と接合事象がある(五十嵐2011【2011-06-09】のケース20~24)。

「さて、この方法論(「井戸尻編年/井戸尻方式」引用者)の基本理念は、「一つの真実に於ける二つの姿」というものである。すなわち、竪穴出土土器群のなかの「異なった顔つきの土器」を排除せず、竪穴廃棄の段階の土器群(ないしは埋没時に廃棄された土器群)を生のまま扱うという点が最大の特徴といってよいと思う。しかし、廃棄時の土器群には、新旧の土器型式が共存することが当然ありうる。前出の大沢・芝崎(1962)も、同一竪穴住居址に於いて勝坂式末葉の土器と加曽利E式が共存している事実に苦慮しているのである。仮にこれらを藤森のように、<一型式>にまとめてしまうと、明快な型式特徴を提示しえなくなり、それらの特徴を羅列的に記載するしか手立てはなくなってしまうのである。関東の研究者たちが『井戸尻』で提示された型式特徴を正確に把握出来ず、また自ら行った各細別の厳密な定義が出来なかったのはこのためであったと思われる。」(76.)

井戸尻編年と山内編年の齟齬については、諸所で述べられているが(井戸尻編年提唱の最初期から例えば「そういう訳で使った時期で論議するべきか、或いは遺跡が埋まった最終時の遺物から論議すべきであるかというところに問題があるのではないでしょうか」という1956年の水野正好氏の問題提起(1965『長野県考古学会誌』第3号:22.)以来、例えば寺内隆夫2001(「勝坂式土器と後沖式土器、および「井戸尻編年」のとらえ方」『長野県考古学会誌』第97号)に至るまで多くの議論がなされてきたが、両者の立脚点の違いが遺物製作時間と遺物廃棄時間の差異であることにもっと留意すべきであると思う。
こうした議論が長年にわたりなされているにも関わらず、共通した認識が広まらない要因は、型式と層位、遺物製作時間と遺物廃棄時間、あるいは遺構時間と遺物時間の相互関係を検証する構図が明確に認識されてこなかったからではないだろうか。
これは、縄紋土器という時空間に限定的な資料に特有の問題ではなく、<場>と<モノ>の相互関係という普遍的かつ考古学という学問の本質的なテーマである。
なぜなら、このことは旧石器であろうと古墳であろうと近世であろうと、あるいは日本であろうとフィリピンであろうとマダガスカルであろうと、世界中あらゆる時間と場所において適用される問題だからである。


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鄙の考古学徒

 こんにちは 興味ある問題を提示いただきありがとうございます。 製作の時間、廃棄の時間、混在している対象物の時間幅、これら時間には、さまざまな時間があります。考古学を学するために必要とされる時間とは、どれくらいに時間幅が必要でしょうか?石器製作過程の時間幅は、状況によりますが、新旧リアルな時間前後関係を把握することはできますが、それは製作技法に伴う手順を検討することや、極めて少ない事例ですが遺跡間接合に伴う移動活動を把握するものであり、土器型式研究における時間から求める目的とは異なると思われます。当然のこととして、土器やほかの材質遺物でも石器接合検証で求められる議論は可能ですが、なかなかそのような検証議論を読む機会がありません。
 ここで問題とするのは、土器型式研究における同時性の時間幅です。この時間幅は、だれもが共有する事ができる時間幅(その認識方法)の設定と提示が必要と考えます。その場合の、共伴と混在の線引きが課題です。すなわち時間細分の限界問題です。少なくとも多くの研究者が使用できる標準時間の使用が求められます。時には、それを前提とした細別時間の検討とそれを背景とした事象の解釈提示も必要と考えますが、それらを標準時間に照合できる対比表の提示も大切かなと思います。
 以前、桜井淳也さんが石器組成研究で住居埋土全体のノイズを統計学的に検証した場合、そこに示された内容は考古学としての時間幅ではノイズがない、すなわち同時性として理解できるとの見解であったと記憶しています。当然、異なる時期・時代の混入もあるわけですが、誰もが認める混入物は排除するとして、大方同じ層位から出土した遺物群は同時性を認める必要性があると考えます。それは発掘手法とも大きく関わるからです。私自身は、層位の検証と層位記録、遺物出土位置記録、接合関係(平面分布・垂直分布)の検証の3要素を構成して共伴資料を判断するべきと思いますが、私のいる某県では、ほとんどドット記録は必要ないと判断されています。このような記録水準で、広域的な時間を把握する方法としてどうすればいいのか?? 
 ある程度の時間幅、すなわち誰でもが時間の混在と理解できる時間幅の使用が、現在では好ましいのではないかと判断します。
 しかしながら、時間細別する歩みは止める必要はありませが、考古学するには標準時間が必要だという事も大切です。
 一番は、記録保存として何を記録するのか。どこまでを記録して、記録報告書として書き込む必要性があるのかを、文化庁が「のぞましい」とは「期待される」などの文末ではなく、「・・・をする」と指示断言をしていただきたいものと考えます。
 一つとして同じ遺跡が無いなかで、有限な遺跡が消え去る現在、標準時間を設定して、記録保存を進め、遺跡間比較や地域間比較から、具体的な事象変遷を把握し、それらを歴史記録として残せる工夫と努力をしたいものです。
 とりとめも無い駄文を書き残し申しわけありません。第2考古学ファンの皆様の声を、どうか深山に住む学徒にお伝えください。
by 鄙の考古学徒 (2011-08-16 06:47) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

コメントありがとうございます。
本当に「ファン」なる方がおられるのか定かではありませんが、お言葉に従い、しばらく待つことにしたいと思います。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-08-16 19:10) 

鄙の考古学徒

五十嵐様すいませんでした。最後のセンテンスは無用であり、失礼でした。申し訳ありません。深山に住むもので人恋しく、多くの考古学研究者の意見が聞きたい願望があり、申し訳ありませんでした。
五十嵐様の意見を一番聞きたいので、どうか一筆啓上いただきたくお願い申し上げます。
by 鄙の考古学徒 (2011-08-17 20:22) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

私たちは考古学に関する文章を読むときに、そこに書かれている「時間」という言葉を目にしたときに、どのような時間なのか、あるいは「同時」という言葉を見たとき、どのような同時なのかを考えなければならないと思います。
「ここで問題とするのは、土器型式研究における同時性の時間幅です」という場合の「同時」は、遺物製作時間における「同時」なのでしょう。
「大方同じ層位から出土した遺物群は同時性を認める必要性があると考えます」という場合の「同時」は、遺物廃棄時間における「同時」なのでしょう。
この二つの時間関係、遺物製作時間と遺物廃棄時間をどのように考えるか、そして遺物時間を遺構時間とどのように結び付けるのかという問題が、場とモノの相互関係を考える考古学の最重要課題だと思います。
そうした視点からすると、おっしゃる「標準時間」という言葉が、どのような内容を有しているのか、いまひとつ理解できませんでした。
「水野 型式論争はさて置き、九兵衛尾根Ⅰ式とか、九兵衛尾根Ⅱ式とかの型式名を土器へ持って行くことにむしろ問題があると思うのです。これは住居址の一番最終時に存在した土器の層であって、それが果たして土器の型式であるかどうか。これを八ケ岳南麓の中期縄文土器の編年とされるから問題が複雑になるのであって、これを中期縄文時代住居址終末期層の編年というのであればおそらくよかったと思う。それで土器を使用したその面で編年して行くという努力はそこに新しい方法を見つけ出すものだと思う。上手に発掘して竪穴の前後関係を積み重ねて行ってそこに一本集落全体に見通しがついた時に土器に一つの意味がついてくるかもしれない。だからその時までに土器型式とする意味はしばらくさし置かれて住居址の一番最終末期の資料であると理解される方が適切ではないかと思う。
戸沢 それでは時間もありませんので、最後に土器の編年を再編成し、再検討して行きたいと思います。こういう発展を示している中期の文化が土器の面で我々の方はこういう風にとらえられる。我々の方はこことは全く異質なものである、という御発言と共に中期縄文土器の編年表を作成して戴きたいと存じます。」(長野県考古学会1965年11月『長野県考古学会誌』第3号 特集 シンポジューム 中期縄文文化の諸問題:24.)
46年も前に極めて適切な問題提起がなされていたのに、そのことに対する応答は時間不足を理由とする討議打ち切りの宣言と結論としての編年表作成の要請であったわけです。
今からでも遅くはありません。考古時間に関する議論を積み重ねるべきです。というより、こうした議論を積み重ねない限り、作成された「編年表」の内実が確かなものにはならないのは確かだからです。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-08-21 08:00) 

大村 裕

拙著を取り上げて頂きありがとうございます。真摯なご提言、今後の課題として勉強して行きたいと思います。
by 大村 裕 (2011-09-13 23:29) 

伊皿木蟻化(五十嵐彰)

7月2日の中央史学会のお話しも拝聴させていただいたのですが、会後、旧友の方と懇談されていたので、挨拶しそこねてしまい失礼いたしました。今後とも宜しくお願いいたします。
by 伊皿木蟻化(五十嵐彰) (2011-09-14 06:55) 

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