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本橋編2010『格闘する思想』 [全方位書評]

本橋哲也編 2010 『格闘する思想』 平凡社新書554

「本書は、私たち自身が毎日生活している現代世界を理解しそれを変革するために、思考と想像力にとってなにが可能なのかを問おうとする。そうした問題設定と応答責任の連続のなかでのみ「思想」は、マスメディアやアカデミアによって消費される意匠でも、イデオロギーやドグマを生産する機制でもなく、現場の状況にそくした身体的試行として生きる。そのような日常的試みだけが、「エリートと大衆」、「教養と専門」、「左翼と右翼」、「西洋と東洋」、「キリスト教とイスラーム」といった、すでに失墜した、あるいはとうに失効すべき対立的思考を解きほぐし、真の対話と共感にもとづく新たな問いの地平を開くはずである。」(7.)

政治思想(萱野稔人)、ジェンダー研究(海妻径子)、映画批評(廣瀬純)、教育社会学(本田由紀)、美学(白石嘉治)、文学(岡真理)、哲学(西山雄二)という様々なジャンルから気鋭の研究者を迎えて、編者との密度の高い対話がなされる。

「それぞれの専門は大学制度や人文学や出版産業といった機構によって組織され認定されてきたが、彼ら彼女らに共通しているのは、そうした組織的枠組みが政治的にも経済的にも危機に瀕しているという認識ではないだろうか。「危機的」という単語は、英語では「クリティカル」というように、批判的契機をはらんだ言葉である。すなわち「批判」とは、自ら拠って立つ地を掘りくずすことからはじめて有効となる危険な作業にほかならない。彼ら彼女らは、いずれも大学や学術的メディアといったすでに創設されている言説制度の内部に身を置き、そこから生活するための家禄をえながら、同時にそうした制度を疑い批判しつづけるという、極めて危うい試みを繰り返している。そうした思索・試作によってのみ思想が強度を獲得するものであるならば、その証しは本書における発言のすみずみに感得できるだろう。」(8.)

何のために「学問」をしているのか。
それは自らが生きる世界を理解し変革するためである。
そのためには「批判」という作業が欠かせない。そしてそれは極めて「危険」な作業である。
しかしそうした思想がある深さと強さを備えるためには、必然ともいえる径路であろう。
現在の世界、現状を、「危機」であると認識し変革を志向するか、それとも充分であるとして微修正に励むか、そこが分かれ道である。

「「人文学の崩壊」や「メディア環境の激変」とも言われるように、ここ十数年の読書環境や情報伝達の変化にともなって、私たち自身の思考の役割も変更を余儀なくされています。しかし私たちは「本を読まない大学生」とか「インターネットが頭脳を破壊する」といったキャッチフレーズによって思想の未来にたやすく絶望したり「現代思想」の専門的閉域に逃避してしまうのではなく、長期的な視野で現在を考え、現状を変革するための想像的潜勢力をそれぞれの場所と身体において鍛えつづけるべきではないでしょうか。私たちは限られた人生の歴史的体験のなかで、あらゆる時空間にいることはできません。それぞれが直面している現実に対して、そのときその場でいったいどんなことを考え何を行うのかという省察のくりかえしこそが、多くの人々の共感を得る思想を生み出すのだと思います。」(248.)

第2考古学という営みが、どれだけ「多くの人々の共感を得る」ことができるかどうか全く定かではないが、考古学それも「日本考古学」という現実に直面して、「そのときその場でいったいどんなことを考え何をおこなうのかという省察のくりかえし」であるような拙ブログしか今の自分にできることはないのではとの思いにもとらわれる。

巻末に「テーマ別参考文献150冊」が、キーワードごとに掲げられている。
1 ナショナリズム、国民国家、民族
2 戦争、テロリズム、暴力
3 フェミニズム、ジェンダー、セクシュアリティ
4 労働、消費、民主主義
5 ネオリベラリズム、グローバリゼーション、資本主義
6 教育、家族、子ども
7 文学、映画、音楽
8 ポストコロニアリズム、帝国主義、人種主義
9 歴史、証言、記憶
10 アラブ、パレスチナ、イスラム
11 アイヌ、沖縄、在日
12 アメリカ、アジア、アフリカ
13 大学、教養、哲学
14 環境、健康、生活
15 メディア、コミュニケーション、出版

私たちの闘うべき相手がいかに多様でかつ広範囲にわたるか、そして自らの知り得ている事柄がいかに狭小なものであるか一目瞭然、あからさまに確認できる「ブック・リスト」である。
こうした多様な現状に対して、考古学なる学問は、いかなる立ち位置からどのように立ち向かっていくことができるだろうか?
ともすると途方もない絶望感にも苛まれそうである。
しかし・・・とも思う。こうした「テーマ一覧」、どこかで見たことがある、と。

* 景観、時間、自然
* 行為体、意味、実践
* 性、具象、個人性
* 人種、階級、民族性
* 物質性、記憶、歴史的沈黙
* 植民地主義、帝国、ナショナリズム
* 遺産、世襲、社会的正義
* メディア、博物館、大衆

そう、現代の世界考古学が直面し対峙しているテーマこそが、ここで掲げられたテーマと殆ど同じなのである(【2011-01-06】参照)。
考古学は、土器と石器だけではないのである。
考古学的構想力は、現代思想全体に匹敵するポテンシャルを有している。


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