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新たなプラグマティズム(3) [論文時評]

マテリアルな世界に生きる Living in a Material World: 13-18.

"Living in the Material World"というのは、ジョージ・ハリソン1973のアルバム・タイトルだが、こちらは「モノ研究」に関する最新動向である。

考古学がモノを概念化する方法は、次第に移り変わってきた。モノを文化として、そして言語として、さらには社会的なネットワークとして。
these approaches differ on whether things are to be considered most like cultuer, like language, or as social netoworks.

物質文化研究 "material culture" approach、物質言語研究 "material language" approach、物質ネットワーク研究 "material network" approachが紹介される。

考古学が18世紀に成立して以来、体系的な諸型式学 systematic typologies、それに基づく伝播と移住 diffusion and migrationは、物質文化研究の基本であった。
ビンフォードは物質文化研究を適応システムとして歴史的な問いへと拡張し、シファーは物質文化研究を行動考古学の中心的な領域とみなした。考古学は、物質的痕跡に関する研究として、あらゆる時空間を対象とし、現代世界へと結びつく(リチャード・グールド&マイケル・シファー編1981『現代物質文化 -私たちの考古学-』)。

物質言語研究は、モノを交流する適応情報である象徴的な行動の一部とみなす。
things were understood as part of symbolic behavior that communicated adaptive information.
様式的行動と情報交換の相互関係について述べたマーティン・ウォブストの研究(1977「様式的行動と情報交換」『ジェイムス・グリフィン追悼論文集』)がターニング・ポイントとなった。機能と形態を区別する遺物様式を検討し、形態は機能が説明された残余とした。スタイルは機能を併せ持ち、形態自体が情報を伝達する方法を明らかにした。

マーガレット・コンキーは、旧石器芸術に関して物質言語研究を応用した(1978「文化進化におけるスタイルと情報」『社会考古学』、1980「旧石器芸術とデザインの脈絡、構造、有効性」『感覚としての象徴』)。旧石器芸術は、象徴行動が多様化する一部を表現しており、異なる行動領域における共通した組織化を助長させるものである。このことは集団間の社会的境界を維持する機能も併せ持つ。

ジェームス・スキボ&マイケル・シファーは、フィリピン・カリンガ地方の土器研究を物質交流理論に基づいて行ない、送り手 sender、媒介者 emitter、受け手 receiverという役割に応じたヒト-モノ関係の変容について解釈した(2008『人々とモノ -物質文化への行動アプローチ-』)。

ポストプロセス考古学は、物質言語研究をさらにポスト構造主義に基づいて推し進めた。その典型例がイアン・ホダー1986『過去を読む』である。ここで示された重要な点は、モノの意味とは相互の関係的な質であり、あらゆる時空間を通じて存在するようなものではないという構造主義的な見方であった。
structuralist view that meaning is a relational quality and not a transcendent one that inheres in the arifact through all time and space
ホダーのテキスト・アプローチには、2つの意味が込められている。物質文化の意味は実践を通じて生み出されるということ、およびそれは象徴的な意味で権力と社会的な戦略に結びついているということである。
material culture meanings are continually generated through practice, and it links power and social strategy with symbolic meaning

クリストファー・ティリーは、デリダ1976『グラマトロジー』を参考にして、テキスト・アプローチを推し進める(1991『物質文化とテキスト』)。モノは単に人間活動によって生み出されるのではなく、モノの生産とは、人とモノが互いに生み出す共同行為とみなすべきであるという(1999『メタファーと物質文化』)。

こうした観点は、デリダやリクールはもとより、ロラン・バルト1957『神話学』、メアリー・ダグラス1973『規則と意味』、ダグラス&イシャーウッド1979『商品の世界』、ビクター・ターナー1974『夢、領域、比喩』など文化人類学をはじめとする広範な探求の理論的な成果に基づいている。
モノは個人および集団としてのアイデンティティを構築することで、権力に対抗するというルイ・アルチュセール(1971「イデオロギーと国家装置」)のアイデアが原点である。

近年は、物質契約理論 material engagement theoryが、認知考古学のキー・コンセプトになっている(コリン・レンフルー2001「概念以前のシンボル」『今日の考古理論』、2004「物質関係の理論に向けて」『物質性再考』)。レンフルーの物質契約理論は、モノの物理的側面と概念的側面を統合しようとする試みである。「契約」という言葉は、心とモノ、シンボル(象徴)と関連するもの、意味と内容という対立物を統合する相互関係を意味する。

モノを社会的諸関係の媒介とする見方は、記号考古学 semiotic archaeologyに至る。物質文化は、社会的アイデンティティとの相互関係を媒介する中心的な役割を果たす(プルーセル&バウアー2001「考古学的プラグマティズム」『ノルウェー考古学レビュー』34、ベランドラ・リール2006「物質的慣習、アイデンティティ、記号論」『社会考古学ジャーナル』6、プルーセル2006『考古学的記号論』、クリストファー・ワッツ2009「パース記号論における媒介と物質的エイジェンシー」『物質的エイジェンシー』)。
記号考古学は、パース記号論を基礎に、言葉とモノの記号論的位相の違いに留意することで、一般モデルとして言語、社会実践、物質文化すなわち文化事象全般を統合する可能性を示す。
it offers a more general model which incorporates language, social practices, and material culture, indeed all of culture.

物質ネットワーク研究は、経済人類学的な批判に起源を発し、特にアルジュン・アパデュライによって大きな影響を受けた(1986『モノの社会生活 -文化的視点による商品-』)。
アパデュライによれば、商品となるモノとはある特殊なコンテキストにおけるモノの交換可能性を規定する標準と基準に関与する文化的プロセスであるという。
the commodity candidacy of things is a cultural process referring to the standards and criteria that define the exchangeability of things in any particular context.

物質ネットワーク研究の鍵概念は、エージェンシーに関する問題である。モノはあらゆる場面において、主体となる形態を維持すると理解していいのか?
Can things be understood as having a form of subjectivity all their own?
アルフレッド・ジェルは、美術品のエージェンシー理論を洗練させて、モノに関する部分的なエージェンシーを認識した(1998『芸術とエージェンシー -人類学理論-』)。
ビル・ブラウンは、モノの歴史とモノにおける歴史を区別する(2003『モノ感覚-アメリカ文学における対象-』、2004編『モノ』)。
どのような欲求が、モノを組織しているのか?
What desires did objects organize?
どのような幻想が、それらを呼び起こすのか?
What fantasies did they provoke?

こうした議論は、ブルーノ・ラトゥールらのアクター・ネットワーク理論と密接な関係を有する(ラトゥール1996『アラミスあるいは技術愛』、ジョン・ロー&ジョン・ハサード編1999『アクターネットワーク理論、その後』)。アクター・ネットワーク理論(Actor Network Theory: ANT)とは、ヒトとモノを同位のアクターと位置づけて、その相互関係によって諸事象を説明しようとする社会科学理論をいう。主体-客体あるいは社会-自然という近代的二分法を脱却して、ヒトとモノの関係性をハイブリッドな集合体と捉える見方である。

「物質性」に対する関心は、人類学・考古学・社会学・博物館学など多方面に及んでいるが(ティム・ダント2005『物質性と社会』、ダニエル・ミラー編2005『物質性』、サンドラ・ダドリー2009『博物館の諸物質性』など)、日本での議論は数少ない。その一つに、美学からのアプローチがある。

「考古学や人類学などの領域において、物質文化論は、以前より重要な方法論として存在してきた。文献 -すなわち「書かれたもの」- を資料とする歴史学とは違って、それらの分野は、過去の遺品や、異文化において使われた物品など -すなわち「モノ」- を第一次資料として、研究の対象としてきた。ただし文字の遺っていない過去や、文字を持たない文化だけではなく、文字社会以降、現代社会に至るまで、人々はモノを使ってきた。したがって、たとえば現代人が使っているさまざまなモノも、物質文化として研究対象となりうるのである。そうしたモノは、生産者が想定した何らかの使用上の機能を持っている。とはいえ、実際の使用において、それ以外の機能が使用者によってブリコラージュ的に発見されることもある。またモノは使用されるだけでなく、使用者によって何らかの象徴性を獲得することもあろう。何よりもモノは質量を具え、視覚/触覚によって知覚可能である。物質文化論とは、このようなモノの可能性を、さまざまな側面から追求する研究である。英米圏では、このマテリアル・カルチャー・スタディーズという領域横断的なディシプリンは、相当普及し、さまざまな入門書や論集などが出版されている。」(佐藤 守弘2009「序 モノとイメージ -物質性の諸問題-」『美術フォーラム』21 特集:物質性/マテリアリティの可能性:42.)

特集号に収録された論文 佐藤(啓)2009「物質と時間」は、以前にも感想を述べた【2009-12-24】。
モノを扱う考古学こそが、物質性(materiality)を巡る議論にもっと積極的に参画していく責務を有しているはずである。


タグ:物質性
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