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2009b「日本における法考古学の確立に向けて」 [拙文自評]

五十嵐 2009b 「日本における法考古学の確立に向けて」『海南島近現代史研究会 会報』第2号:61.

発行日は2009年2月10日となっているが、諸般の事情により、近日発行された。
以下、許諾を得て、全文引用。

考古学という学問の特質を説明する際に、犯罪捜査あるいは鑑識作業に擬えて語られることがある。

例えば、以下のような文言。

「シャーロック・ホームズが事件現場に残されていた眼鏡から見事に犯人を割り出し、現代の鑑識捜査員がたった1筋の髪の毛から難事件を解決してみせるように、考古学研究者たちも遺跡という、過去に起った出来ごとの現場に遺されているあらゆる痕跡を手掛りに、そこでかつて行なわれた人間の行為を可能なかぎり復原しようとする。」(菊池徹夫1985「総論 -考古学の研究-」『考古学調査研究ハンドブックス 研究編』雄山閣:6-7.

「つまり、人間はいろいろなことをするさいに、多くの場合、その行為の結果としての物的証拠を残すのであって、それら物的証拠は、いかにそれを消滅させようとしてもすべてを消し去ることは不可能なのである。そしてここに、物的証拠にもとづく、人間の行為の復元が可能となるのである。」(鈴木公雄1984「考古学とはどんな学問か その現状と未来-」『別冊 歴史読本』第9巻 第4号:28.

こうした文章が記された80年代半ばには、近現代考古学という学問領域自体が未だ明確に認識されていなかった。そのためここで述べられている状況(犯罪捜査・鑑識作業)は、学問的方法という意味での純粋な比喩として用いられている。考古学という「遠い昔」に起こった出来事を<遺跡>に残された物的証拠・痕跡から明らかにする手法は、「現在」行われている犯罪捜査という手法と同じ性質を持っている、というように。

しかしそれから20年余りが経過して、当時は「比喩」として語られた事柄が、現在では「比喩」でも何でもない、正に「そのもの」という状況が立ち現れつつある。すなわち犯罪捜査における考古学、「法考古学」の成立である。

法考古学(forensic archaeology)は、法人類学(forensic anthropology)などと共に、法科学(forensic science)の一翼を構成する。イギリスなどで早くから探求され、近年は国連主導でエルサルバドルやグアテマラで設置された「真相究明委員会」における「近い過去になされた政治的暴力」の実態を明らかにする活動においても重要な働きをなしてきた(ブログ「第2考古学」【2006-3-27】【2006-4-5】【2006-4-13】【2007-9-29】【2008-8-28】などを参照のこと)。

「歴史的健忘症」が深刻な日本において、「犯行現場」における物的証拠に基づいて、被害者と加害者の相互関係を明らかにする必要性は、これから益々高まるだろう。

不可視化されている犯罪を可視化すること。

不在とされてきた存在を回復させる営み。

忘却・隠蔽・抑圧に抗する救出・倫理・正義が求められている。


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アヨアン・イゴカー

>忘却・隠蔽・抑圧に抗する救出・倫理・正義が求められている。
強く支持させて頂きます。

by アヨアン・イゴカー (2009-08-09 03:15) 

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